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告別式会場
受け付け係は熊子の姿を捉えた。普段ならすぐに猟銃を構えるが今日はそうは行かない。受付係は微笑む変わりに口元を緩ませてゆっくりと頭を下げた。
「足元が悪いなか…ご苦労さまです」
受け付け係の声は小さくもなければ大きくもない空気のようなものだった。それは口から発せられたのか後頭部のつむじから発せられたのか熊子にはさっぱりわからなかった。
受け付け係はゆっくりと頭を上げた。そして視線を熊子の眼球にのりをつけたようにぴたりと合わせていた。それが意図的なのか偶然なのか確かめようがないことだ。しかしそれが結果として熊子をぞっとさせてしまったことは疑いようのない事実だった。
熊子は袖に付いたほこりを大げさに振り払った。と言っても元から目に付くほこりなどついていなかった。何とか自分の気持ちを悟られまいとして取った行動がこれだった。まったくお笑いだ。いつもの熊子ならこんなことに決してかまけることなどなかった。しかし今となってはそれが一番に優先されたのだから熊子の必死さがよく伝わってくる。所詮は人も熊も差し迫ればやることはさぼと変わらないと言うことだろう。
熊子は用意していた香典をテーブルへ置いた。それは四匹の鮭だった。
今時分の鮭はお腹に卵を抱えている。不漁も重なったこともありその値段は一匹あたり2500円だ。四匹でしめて10000円となる。
「恐れ入りますが、こちらへ几帳をお願い致します」
受け付け係から促されるまま几帳を始めた熊子だった。
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