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几帳を済ませた熊子は会場の中に足を進めた。一歩一歩と足を進める度に読み上げられたお経が本堂の隅から隅へとこだまするように熊子は感じた。
そして熊子は誰に導かれたわけでもなにのに本堂の中へたどり着くことが出来た。
熊子の目に最初に入ってきたのは悲しみにくれる遺族の姿だった。そのうちの一人に年相応なご婦人がいた。それはジョニーの母親だろうか。そのご婦人は特に沈痛な面持ちだった。膝の上で握られたハンケチが涙によって湿りきっていた。その柄が白でなければ誰もそれがハンケチだとは気づくことはないだろう。
熊子は不謹慎なことを考えた。ジョニーは日本人ではなくアラスカ出身のアメリカ人だったはずだ。このご婦人はどう見ても日本人だ。角度を大きく変えたとしてもタイ人がいいところだ。このご婦人はジョニーの腹違いの母親だとでも言うのか。
しかしこのご婦人がジョニーの母親だと決まったわけではない。それにそんなことをこのご婦人に問いただすわけにもいかない。熊子はその疑いをぐっと胸のおく底へしまい込むことにした。
熊子は悲しみを濁さないように遺族に深々と頭を下げようとしていた。だがジョニーの祭壇を中央に見て遺族は右と左に別れていた。熊子はどちらから先にこの頭を下げれば良いのかわからなくなってしまった。
どちらかでも良いのではないかと熊子は考えもしたがもしかしたら遺族間で派閥が存在していて、そのせいで右と左で別れているのかも知れないと考えてしまった。
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