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「アンタは随分落ち着いているな…」
喧騒と言っても差し支えない騒ぎに、眉ひとつ動かさず、何やら紅茶を入れる準備をしている女…確か凪川 零だったかに声をかける。
「…私達が騒いでいても彼らの苦しみが減るわけじゃありませんから」
凛とした物言い。この女相当肝が座っている。まるで…
「どこかの誰かと重ね合わせないでくださいます?」
勘の良さも似ているな。
「2度は言いませんよ…?」
ハイ黙ります。
全く女というのはかくも恐ろしい。
そう思いながら、氷室幻徳はまたソファに身を預けたのだった。
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苦しみに朦朧とする意識。
そんな中浮かんでいたのは、今はまだ戻れない自分の世界。
が、不意にそれは苦しみとともに瞼から消える。
「ハァイ。あなたが1番にお目覚めね」
蓋が開き、起き上がった道紀の前にはガスマスクもせずに立っている教授と呼ばれていた女。
起き上がった途端にふらつき転倒しそうになるが、彼女は素早い身のこなしでそれをフワリと受け止めた。
クラクラするわ(二重の意味で)、ソワソワするわ(元の世界にいた彼女への背徳感で)、頭の中がゴチャゴチャになっている俺を、女は構わず抱きしめる。
「場数を踏んでるからってアナタは私からすればまだ子供も子供よー。おねーさんの胸で安らかに…あ、食べられたいタイプ?」
「………」
最後の一言でぶち壊しもいいとこだ。
しかもこの女恐らくワザと言っている。
「…大丈夫ですから」
ふらつきながらも俺は足早に扉を開けて研究室に戻っていった。
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「アンタも随分人が悪いな…」
呆れたように苦笑いしながら桐生戦兎は言う。
「…そう?傷ついてる子供を癒してあげるのが大人の役目でしょ?」
「…そうですね、貴女や俺達が…道紀の明日を作ってやれたら…それで」
当人に聞かれることの無いハズだった会話。
それを道紀は仮眠室と教授室を繋ぐ廊下で聞いていた。
「……」
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いつまで突っ立っていたのだろう。
不意に顔を上げたのは頬を伝う物に気づいた時だった。
こっちに飛ばされてきて直ぐの頃は、得体の知れない子供を避ける視線ばかりで…誰も味方なんて居なくて…ただ現れた敵を倒すので精一杯だった。
本来の力を失った時…現れた女。
俺に再び力を齎した女以外、誰もが敵…もしくは関わりが無い者のハズだった。
だけどそうじゃない…のかもしれない。
でも…まだ俺の中には彼らとの溝がある。
だから一緒には居れない。
静かにそのまま、勝手口から出ていこうとした俺を
「何勝手に帰ろうとしてんだ…コラ」
猿渡一海が呼び止めた。
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