バケモノと花束

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バケモノと花束

 暗くて狭い、森の奥の洞窟。そこが唯一、私が心安らげる場所だった。  何も太陽の下を歩いたら体が溶けてしまうとか、そういう体質なわけではない。本当は、日の光を浴びて思いっきり野山を駆け回りたい気持ちは私にもある。  問題は二つ。  明るい場所へ出てしまったら、私は嫌でも“湖面”や“水たまり”で自分の姿を見なければいけなくなること。  そして、私の姿がもし森の向こうの集落の人々に見られてしまったら――彼らは一斉にこう叫んで襲ってくることがわかってくるからだ。 『いたぞ、森のバケモノだ!殺せ!』  そう。  私は、人間ではない。いや、もしかしたら“元々”は人間だったのかもしれなかった。あまりにも長い長い時を生きたせいで、最初に私がどこからこの地に来て、誰から生まれて育ったか?なんてことはとっくに忘れてしまったけれど。  人よりずっと丈夫な体。人よりずっと長生きな寿命。何より忌まわしいのは、私の姿が人間離れして醜いということだ。  全身を覆うのは、緑色のウロコのようなもの。しかし私は美しい人魚などではなく、水かきがついた太くて筋肉質な足がついている。真っ黒な髪はいつもしっとりと濡れていて、私の顔さえも覆い隠してしまうほど長いときた。うっとしくなって切っても切っても、すぐに数時間後には生えてきて戻ってしまうので意味がないのである。髪の毛のみならず、その下の顔も醜悪なものだった。鼻からも唇からも頬からも、髪の毛と同じ長い毛が生えている。視界を確保するだけで精一杯なほどに。  そんな醜い私は、筋骨隆々で人よりずっと大きな体であるせいか、昔から人間達に大層恐れられて来たのだった。最初は気持ち悪いと悪口を言われるくらいだったのが、いつしか石を投げられるようになり、しまいには“村の子供達を攫って食ってしまうバケモノ”なんて尾ひれがついた噂が出回るようになってしまった。森の奥まで行けば、人間達はそうそうやってくることはない。私は森の奥の洞窟に隠れて、人間達から隠れるように息を潜めて生きるしかなかったのである。 ――私、何か悪いことをしたのかな。だから人間達に嫌われてしまうのかな。  もう、涙さえ溢れて来ない。ただいつも自問自答するばかりだ。自分がこのような姿になったのも、人々に嫌われるのも、どこかで悪いことをした罰を受けた結果なのではないかと。長い時を生きる中でどこかで罪を犯し、それを覚えていないだけなのではないかと。  だから私は、人々が絶対に来ない夜しか表立って外を歩けないのである。森の奥地に鳴っている木の実を食べて空腹を凌ぐ日々。昼間は、どれほどお腹が鳴っても怖くて外に出られないので、洞窟に溜め込んだ木の実と夜の食事で飢えを凌ぐしかないのである。  果たしてそんな生活が何十年、何百年続いただろうか。ある夜、私が木の実を収穫して洞窟に戻ると――誰もいないはずの私の洞窟の中に、侵入者が存在していたのだ。  それはとても小さな子供、だった。手足が枯れ枝のように細く、ガリガリに痩せている。特徴のある民族衣装から、その子が一番近くの集落の子供であることがわかった。まだ、五歳とかそこらではなかろうか。一体このような子供が、どうしてこんな森の奥まで来てしまったのか。  いや、問題はそれよりも。
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