episode 6. 雪原の戦い

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episode 6. 雪原の戦い

 暖かい馬車の中から見る荒野は、より寂莫(せきばく)としたものに感じられた。  トレフル・ブランは頬杖をついて流れゆく灰白色の景色をぼんやり眺めていたが、ユーリがもそもそ居心地悪そうにしているのに気付くと、球体の耳飾りをひとつ外して、彼に握らせた。 「……? あ、涼しくなったよ、ありがとう!」  この耳飾りも、トレフル・ブランの呪具のひとつである。これを通じて、ユーリに渡した魔法の効果をコントロールしてやったのだった。  この町に来る前、宿泊施設の部屋で、外套(がいとう)の下に暖気をためる魔法をかけておいたのだが、この暖かい場所では暑すぎたようだ。仕掛けを作ったのはトレフル・ブランだが、コントロールは呪具(この場合は、外套そのもの)装着者に任せる仕様になっている。ユーリは細かいコントロールが苦手なので自力でどうにもできなかったようだが、同じ仕掛けを施したキーチェは、文字通り涼しい顔をしている。「このくらいできて当然よ」とばかりにあごを上げて、ふたりのやり取りを見ていた。  ソーカルは別の意味で冷ややかな視線を向けていた。 「お前、俺にはそういう親切してやろうって気にならねぇんだな」 「思い出してやってあげようとしたら、教官、もう準備終わってたんで」 「俺は忘れられてたのかよ!」  ユーリとキーチェは笑った。イオディスは、無表情を装いながらやや驚いているようだ。  そんなやり取りを三十分ほど続けたころ。馬車の速度が緩くなった。 「もうすぐですわ。みなさん、お支度を」  全員が頷き、それぞれすぐに臨戦態勢に入れるよう、武器を手に取った。  ソーカルは長剣。わりとシンプルなデザインだが、これも立派な呪具である。  キーチェは白金の錫杖、ユーリは合金の回転式拳銃(リボルバー)。そしてトレフル・ブランは、銀製の万年筆。これも師から譲り受けたものだ。戦闘向きとは言い難いが、他三名が十分戦闘向きの呪具を備えているので、後衛でサポート役を務めることが多い。むろん、銀の短剣など、白兵戦に使える武器もいくつかは所持している。 「イオディスさん、あんたは?」  ソーカルが尋ねた。 「わたくし、実は戦闘はあまり。こちらで援護させていただきます」  彼女が握っているのは、黒く短い杖だった。装飾も控えめで、いわゆる“魔女の杖”に近しい雰囲気を持つ呪具である。「そりゃ構わないけどよ、あんた、近衛兵って言ってなかったか?」という重ねての問いに対する、イオディスの返答は。 「正確には、近衛兵団所属の事務員ですわ」  ちょうど馬車が停車したので、ソーカルは何も言わず、御者が開けてくれた扉から馬車を降りた。
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