episode 6. 雪原の戦い

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 まず、粉雪が視界を(おお)った。トレフル・ブランは周囲の風をコントロールして障壁(しょうへき)を作り視界を確保する――と言っても、雪まじりの風のすき間を()って周囲を見渡すことしかできないが。  まだ昼下がりだというのに太陽はほとんど見えず、風雨にさらされたゴツゴツとした岩に真っ白な雪がこんもりと積もっている。低木と(やぶ)がわずかに根付く、寂しい印象の土地だ。町は南北に伸び、東西はひたすら雪原に覆われているように見える。  イオディスが白い息を吐きながら言った。 「ここヴェイネスは漁村です。住民が三百人余りの小さな町……たとえば強盗目的でこの町を襲ったとしても、わずかな利益しか得られないでしょう。こちらへどうぞ、襲撃者は村の北東から侵入しました」  五人は村を北上した。もともと豊かには見えない建物が、哀れにも破壊されていた。厩舎に動物の姿はなく、凍った血の跡が見受けられる。村人と出会うことはなく、すれ違うのは警備兵か、復興支援の関係者だ。誰何(すいか)されるたび、イオディスはパゴニア王国騎士団の紋章入りのバングルを見せていた。村全体が、神経質になっているように感じられた。 「それは、襲撃から何時間も経っていないんですから、当然のことでしょう」  キーチェは言い、なにやら魔法を使ってあたりの痕跡をつぶさに観察しているようだった。  ユーリのほうは、風雨よけの風の障壁のコントロールがうまくいかないらしく、ときどき彼の周辺だけ小さな雪の竜巻が発生したように風がうずまき、ゴウゴウと唸る。  ソーカルが銀のライターに火をつけると、ユーリの障壁は一瞬にして散った。彼はユーリの頭を殴り「いま、住民たちは雪の動きに敏感になってるとこだから、気を付けろ!」と叱って、一本のマッチを手渡した。「火を消さなければ、適度な状態の風の障壁を保ってくれる。これなら使えるだろ」というアイテムだそうだ。なるほど、ユーリは魔法のコントロール――これを魔導士協会はこれを呪術(じゅじゅつ)と定義している。四元素のコントロールにおいては、操呪(そうじゅ)と呼ぶのが一般的だ――なにせ、ユーリはこの細かい操呪が苦手なのである。四元素のひとつ、火を除いて。仮に彼にステーキを焼いてくれと頼んだとして、ミディアムかレアなど選べない、真っ黒こげのカチコチステーキが提供されることだろう。  フラームベルテスク家は、創世の新歴史にもその名を残す由緒ある家柄で、その家系は火の元素と強い結びつきを持っている。傍流(ぼうりゅう)であっても、その子孫である彼もまた、火の元素との結びつきを受け継いでいるのだった……火の元素を用いた魔法以外ほぼコントロールできない言い訳をここに求めてはいけない。きっと、ご先祖様が激怒する。  逆にキーチェのほうは、水の元素と相性の良い魔導士でありながら、他の三元素の操呪も難なくこなす。彼女は呆れたように「あなた、相変わらずやることが大雑把ね」と言って、ユーリを恐縮させていた。  トレフル・ブランは、『探知の魔法』と『時間の再生魔法』を使い分けて、当時、起こったことを探っていた。ホルスのほうは、捜査の基本なのでおそらくソーカルがやっているだろうし、事前に調査を行った王国関係者から聞き取りを行っても良い。まずは自分の目で、何が起こったのかを確かめたかった。 (これは……イオディスの言うとおり。政府の作った宣伝映像に、誇張はひとつもないな)  むしろ、大怪我をして動けなくなった人や亡くなった人をフレームアウトし、住人の識別ができないよう顔を見えなくするといった処理をほどこしただけの、ほとんどリアルな映像を既定の時間に編集して製作した宣伝映像のようだ。  襲撃時間は長くなく、おそらく三十分未満だろう。その間にこれほどの人的・物的被害を出したのだ。悪意と破壊力は相当なものと推測された。
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