episode 6. 雪原の戦い

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 一行は、襲撃者が侵入したという村の北東部までやって来ていた。雪原かと思われたものは、雪との境目が曖昧な海だった。波が不規則にゆらゆらと押し寄せ、白っぽい飛沫を立てる。その飛沫さえ凍りつきそうな小さな港の外側に、雄大な暗青色の海が水平線を描いて広がっているのだった。  その時。めずらしく気弱なキーチェの声が響いた。 「ねぇ……あれ、雪だるまが立ってるみたいなんだけど。本物、かしら……?」  キーチェは『拡大(スコープ)』でそれを見つけたようだ。すぐさまトレフル・ブランも『拡大(スコープ)』を発動させ、雪の海岸線に佇むを見つける。  と同時には、お世辞にも華麗にとは言えない様子で体を反転させ、その場を逃げ出そうとした。 「ド阿呆! ホンモンなわきゃねーだろ、追うぞ! 用心してついてこい」  風をまとったソーカルが、もの凄いスピードで海岸線を突っ切って飛ぶ。彼は呪具である外套と巻き起こした風を操ることで、自在に飛ぶことができるのだ。  トレフルは、急いで(ふところ)から巾着袋を取り出した。見た目以上の体積を収納できる、通称、第二のポケット(セカンドポッケ)と呼ばれる魔導具である。これに突っ込んでおいた、大型の白い獣を三体取り出して、他のふたりにも乗るように指示した。 「コントロールは俺がやる。(くら)がないから、首輪にしっかりつかまって!」  そうして、三匹の白い獣は、ソーカルの後を追って走り出した。もともと草原地帯を走り回っていた、犬の姿かたちを借りた眷属から作った獣である。かなりのスピードで雪原を駆け抜ける。 (あ、イオディス置き去りにしちゃった。まぁ仕方ないか)  今さら戻ることはできないし、前方でソーカルが衝撃波を放ったのが見えた。  それは波打ち際に着弾し、バシャーンと大きな水飛沫をあげる。雪だるま、いや、白い無法者(ヴィート・ギャング)をかすめたようだ。それの体が一部えぐれて、雪がこぼれ落ちていた。 「大きい…!?」  ユーリが呟いた。  映像で見たものよりも、それは巨大だった。成人男性くらいの背とその倍ほどの横幅がある。両手だけでなく、太めの枝を使って両足まで作られていた。見た目はアンバランスだが、放つ雰囲気は不気味そのものである。 「魔の審美眼(マージュ・ホルス)!」  トレフル・ブランは、魔法を通してそれを見た。やはり、イオディスの映像と、先ほど村で集めた“村の記憶”から組み立てたは推測は正しかった。  ソーカルは剣を振り、第二撃を放った。正面から放った一撃だったが、なんと、受け止められた。枯れ枝と落ち葉の盾によって。 「……? 魔法じゃなく、道具ではじくのか?」  (いぶか)し気に言ったソーカルに、トレフル・ブランは「ホルスを!」と叫んだ。それと同時に、万年筆で雪にとある紋様を書き込み、呪文を唱えた。 「剥離(ディクリィ)!」  これはトレフル・ブラン自身が術式を成立させたもので、耐衝撃・耐火炎魔法などの「耐性」を引き()がす魔法である。この白い無法者(ヴィート・ギャング)は、少なくとも耐衝撃・耐火炎魔法が付与されているようだった。それをなくしてしまえば、ソーカルの風の衝撃も通じやすくなるはずだ。  雪に書いた文字に指向性を付けておいたため、魔法は一直線に白い無法者(ヴィート・ギャング)を追った。その光が個体を包んだとき、ホルスで現状を理解したソーカルが第三撃を放ち、対象を半壊させた。 「ユーリ、燃やせ!」  ソーカルの指示で、ユーリは楽しそうに銃を構えた。なんだかんだで、彼は派手な魔法が好きなのである。 「火炎大砲(ビッグ・バン)!」  銃口から放たれたそれは、三発のうち二発が対象に着弾、白い無法者(ヴィート・ギャング)は激しい炎につつまれ、すでに耐火炎魔法の効力が失われていた体は、パーツを残して完全に溶け去った。  ソーカルがそれを拾い上げる。 「ボタン、だな……」  洋服についているアレである。トレフル・ブランは、ホルスを使った。魔法の痕跡が色濃く残っている。ソーカルと目が合うと、彼も静かに頷いた。
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