episode 7. 聖獣《イノケンス・フェラ》

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 いち早く立ち直ったのは、やはりソーカルだった。 「そりゃまぁ……『名前のない魔法使い』と言えば、上級を超える、ほとんど伝説の魔導士だかんな。こんなスゲェもんでも、簡単に作れるってか? つか、よく気軽に使ったな、こんなもん」  見習い魔導士の面接試験の際、中級以上の魔導士からの推薦状が必要なのだが、『名前のない魔法使い』の名が出たときは場が騒然としたものである。トレフル・ブランはその時まで、自分の師匠がそれほど偉大な魔導士だとは知らなかった。そして知った今でも、先生は、ただの変わった魔導士だと思っている。 「確かにすごい呪具なんでしょうけど、しょせん先生の作品です。(いわ)く、個性豊かな核にしておいたからハズレを引かないよう注意してね、だそうです。どれだけ調べても、どれがハズレか分からなかったんで、ほぼ直感でそれぞれと相性の良さそうな宝石の核を選んで作りました。というわけで、みんな、調教頑張ってね」  ユーリがギョッと顔を上げる。 「えっ。これ、俺たちが育てるの? っていうか、くれるの? 立派な聖獣(イノケンス・フェラ)だよね!?」 「あーうん、まぁ一応そうなんだろうけどさ」  性格が悪いのもまじってそうだから素直に聖獣(イノケンス・フェラ)と呼ぶのは抵抗があるんだよね、とトレフル・ブランが呟くと、場に沈黙が下りた。  ソーカルが頭を抱える。 「……上への報告、どうすっかなぁ」 (中間管理職の苦悩っていうやつか)  トレフル・ブランは他人事(ひとごと)のように哀れんだ。自分が元凶だということは忘れることにして。  ソーカルはどんよりと疲れた仕草で煙草を取り出した。  キーチェが、ものすごく気づかわしげに声をかけた。 「あの、お察ししますが、お煙草の本数が増えたんじゃありません? 少し、控えるのがよろしいと思いますわ」 「あぁ、気持ちだけ受け取っとくよ……」  ユーリがトントンと、トレフル・ブランの方を指でつついた。 「トレフル・ブラン。聖獣(イノケンス・フェラ)まで作れちゃうんだから、ひとまず魔導士試験の心配はしなくていいだろ? もともとあの魔導人形(ゴーレム)をどうしようかって話だったんだから、なんかアイデア出してよ」  ユーリに言われ、トレフル・ブランは肩を竦めた。  べつにもともと、自分の試験の心配などしていない。薬草音痴の熱血漢だの、実家から縁を切られた家無し女魔導士だのがパーティにいるものだから、気をもんでいただけのことだ。 「たとえパンツ一丁でも戦える、一人前の魔法使いになりなさい」  という先生のありがたい教えにより、魔法騎士(アーテル・ウォーリア)としてのトレフル・ブランの技量は、初級の域を余裕で超えていた。  なお、魔導士協会認定が定義する上級・中級・初級という階級の中で、初級の魔導士は約六割。初級の壁を超えられるかどうかが、魔導士としてひとつのボーダーラインなのである。  トレフル・ブランは、パン!と手の平を叩いた。 「じゃ、あの犬っころたちに関しては、引き続き経過観察するとして。本題の、白い無法者(ヴィート・ギャング)についての対策にうつりましょうか」  キーチェとユーリが顔を見合わせた。 「なんだか、本題の前にじゅうぶん疲れた気がしますわ」 「そうだね、追加で甘い飲み物でも注文しようか」  ユーリが店員を呼ぶ横で、ソーカルはぐったりと次の煙草に火を点けた。
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