episode 8. 事件の奥底にうごめくもの

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 イオディスは不思議そうに、「トレフルくん、だったかしら?」と声をかけてきた。 「トレフル・ブランです。略称も愛称もありませんので、そう呼んでください」  トレフル・ブランは、強く訂正した。彼の名は、姓名ではない。あくまで名前である。省略せず、正しい名前で呼ばれたかった。  彼は、二度孤児になった。最初は孤児院の前に捨てられそのまま孤児院で育ち、養子として引き取られたのち名前が変わり、その後また捨てられて、その名前を奪われた。新しい孤児院には少ししかいなかったので、なんと呼ばれていたのかは覚えていない。しかしこれ以上、ころころ名前が変わるのは嫌だった。トレフル・ブラン――先生のつけてくれた名前。これひとつだけ、あればそれでいいのだ。  ごめんなさいね、とイオディスは訂正し、話を続けた。 「あなたたちは、先日も戦いの現場に身を投じていたけれど、まだ見習いの途中でしょう? 前線ではなく、避難所の運営とか、有意義な仕事はたくさんありますわ。そちらを手伝っていただくのはどうかしら?」  子どもを前線に出すのは危険だ――と、彼女なりに気遣ってくれたのか。あるいは、王国の配慮なのかもしれない。  ユーリとキーチェは黙っていた。決定を、トレフル・ブランに委ねるつもりのようだ。同様にソーカルも、煙草をふかしてそっぽを向くことで、こちらに判断を任せる意志を示していた。 「いえ、俺たちは前線で戦うことを望んでいます。全員、魔法騎士(アーテル・ウォーリア)を志望して修行を積んでいます、ご迷惑はおかけしません」 「そう、そういうことなら。でも、くれぐれもお気をつけになってね」  トレフル・ブランはほっとした。 (よかった。避難所で勤務になったら、とても試験勉強なんてしていられない)  というのが本音だったが、それはひた隠しにして、忠告を真摯に受け止めている風を装った。そして、こちらも気になっていたことを尋ねてみる。 「ところで、派遣を要請した騎士団の精鋭っていうのは?」  イオディスは微笑んだ。美しく誇らしげな笑みだった。 「我が国の騎士団長トォオーノ・グラヴィティ率いる、最精鋭部隊ですわ」
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