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episode 9. 南北をつなぐシンセンスディート橋
キーチェ・アウロパディシーという少女は、トレフル・ブランと同い年の十六歳。きちんと結い上げられたややくせのある輝く金髪、赤みを帯びた金の瞳、きりりと結ばれた薄い唇が印象的な、華奢な少女だ。
彼女は大財閥として有名なアウロパディシー家の非嫡出子であり、そのため、先代当主が亡くなると、その立場は非常に危ういものとなった。親族に疎まれた結果、見習い魔導士試験を受験するための推薦状を書くことを条件に、アウロパディシー家から絶縁された。ゆえに現在、一時的にではあるが、ソーカル・ディーブリッジが後見役を務めている。
呪術(魔法のコントロール)に優れ、水の操術士としての才能にめぐまれた彼女は、シンセンスディート橋のある島嶼群に到着すると、海水を使って『水の屈折結界』を作ってくれた。光の屈折をコントロールし、遠方から拡大で監視を受けても見つかりにくくする、魔法の保護色だ。
「ほう、こりゃ便利だ」
ソーカルに言われ、キーチェは誇らしげに微笑んだ。
「とはいえ、お前ら橋の上には立つなよ。橋を壊された時、足場を失うからな」
ソーカルの風の魔法があれば空を飛ぶこともできるが、三人はそれほど風の操術が得意ではなかった。地に足をつけて戦うほうが無難である。
近衛兵と話していたユーリが戻ってきた。
「拠点は、あそこ……本来は船の往来を監視するための小屋だそうですが、あれを使っていいとのことです。食料もわけてもらいました。それと、騎士団長がおみえです。教官、お願いします」
その言葉の背後から現れたのは、筋骨たくましい、灰色の髪と髭をたくわえた巨漢だった。平均より背の高いソーカルより、まだ背が高い。落ち着いた光をたたえる目元が、沈毅な性格を思わせる。彼は不器用に笑顔を浮かべて、大きく厚い右手を差し出した。ソーカルがそれを受け、握手を交わす。
「挨拶が遅れて申し訳ない。パゴニア王国騎士団長トォオーノ・グラヴィティだ。ようやく、陛下のおそばを離れて戦場に出る許可をいただけてな。ご覧の通り、王宮のやわらかなソファーより、戦場のゴツゴツした岩のほうが似合う無骨者です」
分厚い唇から流れ出る言葉は、意外にも流暢だ。礼儀として、ソーカルも冗談で返した。
「ご丁寧にどうも。俺も、本来は一匹狼の風来坊なんですが、見ての通り、今は子持ちでしてね。上司命令に逆らえず、柄にもない、見習い連中の教官なんぞやっとるわけです」
お互い大変ですなと、ふたりの間にはなにか通じるものがあったようだ。
トォオーノの視線が、ソーカルから順に四人をめぐる。彼はまた不器用な笑顔を見せ、「しっかり頼むぞ、貴公ら」と、やや堅苦しい挨拶を残して去って行った。
ユーリがうらやましそうにその後ろ姿を見送っていた。
「いいな、すごいな。俺の筋肉はまだまだ足りていない。筋トレ頑張ろう」
トレフル・ブランはげんなりした。
(ユーリの目指してるところはアレなのか……)
そういえば、暑苦しい彼の趣味は、「ご当地名物食べ歩き」のほかに、もうひとつ「実用的筋トレ」というものがあった。実戦で使える、見た目ではない本質的な筋肉を鍛えるのが目標だそうだ。トレフル・ブランにとってはさっぱり興味のない筋トレ方法を、一晩熱く語られたことがある。二度と、筋肉の話題は振るまいと決めていた。
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