episode 9. 南北をつなぐシンセンスディート橋

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 使用を許可された小屋はこじんまりとして埃っぽい雰囲気だったが、キーチェは魔力と人力の両方であっという間に居心地のよい空間をととのえた。  傷んでいる木材を補修して壁のすき間をふさいで落ち着いた色合いに塗りなおし、崩れたレンガを規則正しく積み上げた後、室内の適切な位置に道具を配置する。その間、ユーリは騎士団から分けてもらった薪を使って、暖炉に火を起こしていた。 「ねぇ、トレフル・ブラン。あなたの手持ちの中に、テーブルになりそうなものはない?」  小屋の中にはいくつか古い椅子があり、それらはキーチェが修復したのだが、机らしきものがなかった。  少し考えたトレフル・ブランは、第二のポケット(セカンドポッケ)から大きな影を引っ張り出した。  ドシン!  重々しい音を響かせて小屋の南半分をほぼ占領したのは、直径が大人が三人でやっと一抱えできそうな大きさの切り株だった。もちろん、断面はきれいに研磨してある。美しい木目を存分に楽しめるように。 「……あなた、こんなものまで持ち歩いてたの?」  第二のポケット(セカンドポッケ)に入れてしまえばかさばらないし、重量も加算されない。とても便利なこの魔導具、旅人ならだれでもいくつかは持っているが、トレフル・ブランは、外套の裏にびっしりこの巾着を縫い付けていた。気に入ったものをなんでもそこに収集するのが、彼の趣味だった。 「樹齢二百年を超える大木だよ。立派でしょ?」  いとおし気に年輪を撫でるトレフル・ブランを、ほかの三人はやや気色悪そうに眺めていた。 「ま、まぁテーブルとしての用途には使えるし、よしとしましょう」  キーチェは最後に、魔法の水瓶を配置した。これに保管されている水は腐ることがない。意匠も見事なもので、おそらくはアウロパディシー家から持ち出した品だろう。  ユーリが支給された水を入れようとしたのを遮り、トレフル・ブランは魔法で海水を()みあげると、水瓶に注いだ。文句を言おうとしたキーチェも制し、そこに一石を投じる。  透明にきらめくそれは、昨晩作った『濾過(ろか)結晶』、トレフル・ブランが出された課題の製作物であった。名前の通り、海水や泥水などを濾過し、真水にする効果を持つ。むろん、凝り性のトレフル・ブランの魔法はそこでは終わらない。もうひとつ、これも昨晩作っておいた『毒消しの粉(水)』も一緒に入れて、それらの効果を魔法で融合させる。 「これで、煮沸(しゃふつ)消毒しなくてもそのまま飲めるよ」 「お前、魔法騎士(アーテル・ウォーリア)向きだよ」  ソーカルが、呆れたように苦笑する横で、青ざめているのはユーリだ。 「あれ? ひょっとしなくても、試験の課題ヤバいの、俺だけ……?」  キーチェの独自課題は『光の結晶』(ただし、12時間以上持続して一定以上の光を発するもの)で、彼女はとっくにこれを作り終えていた。トレフル・ブランの『濾過結晶』も完成したのなら、残る課題はユーリの『嘔吐(おうと)薬』だけということになる。  トレフル・ブランは笑顔でソーカルに柄杓(ひしゃく)を差し出した。 「まぁ、まだちゃんとできているかは分からないよ。教官、確認お願いします」 「お前な……まぁいい、見てやろうじゃないか」  ソーカルは、先に黄色い粉末を飲み込んだ。おそらく毒消しの(たぐい)だろう。それから柄杓の水をじっと覗き込み(今度は『分析魔法(アナリティクス)』を使っていると思われる)、ぐいと一気にあおった。  いくばくかの時間をおいて、「合格だ」とお墨付きをもらった。 「大したもんだ。濾過はまぁいいとして、生水の毒消しはけっこう難しいんだぞ」 「ありがとうございます。教官が体を張ってくれたから、自信を持って提出できます」 「……無理やり体を張らせたんだろうが。おい、ユーリ。しおれてないで、お前も平和な間に、課題やっちまえよ」  ユーリは「はい……」と消沈した声で答えた。
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