episode 11. パートナー

2/3
前へ
/70ページ
次へ
 ぼんやりと、トレフル・ブランが物思いにふけっていると、やわらかな毛皮が手の甲に触れた。緑の首輪の個体が、身をすり寄せて、新しい餌をねだっていた。  キーチェはおそるおそる毛皮をなでながら餌をやっていた。獣は、満足げなそぶりで、キーチェの白い手に身を預けている。  ユーリと赤い首輪の個体は、食事だか遊びだか分からないにぎやかなコミュニケーションを取っていた。ユーリがゆったり背中をさすってやると、獣は楽し気に小さく吠える。  そして相変わらず、黒い首輪の個体は悲しげにそれらを眺めていて、それでも唸り声をあげたりはしない。 (本当に、それぞれ個性がある。ひとつひとつ、違う生き物、異なる個別の生命(いのち)――)  その思いが芽生えたとき、トレフル・ブランは立ち上がり、銀の万年筆を構えた。 「みんな――聖獣(イノケンス・フェラ)のみんな。俺たちは、君たちといっしょに白き闇と戦いたい。君たちを、対等なパートナーとして扱いたい。今は使った“核”のほかに見た目の個性がない状態だから、自分の意志で、個性を選んで。答えは、君たちの中にある!」  そう宣言し、床に魔法陣を描く。魔法陣の中には安定を象徴する五芒星も組み込まれており、その頂点に五本の銀の短剣を刺し、陣を完成させた。完成の証、淡い光が小屋の中を包む。  キーチェが、そっとランタンの灯を落とした。小さな世界は、トレフル・ブランが描いた魔法陣の光と、聖獣(イノケンス・フェラ)たちの魔力で満たされた。  一体の獣が歩み出て、魔法陣の中心で立ち止まった。  黒い瞳と首輪、ソーカルをイメージして生み出した個体である。 「君のパートナーは、ソーカル・ディーブリッジ。世に名の知れた魔法騎士(アーテル・ウォーリア)だ。彼とともにある、自分の理想の姿を想像して、この陣の中で、魔力を解き放て!」  獣は身震いした。と同時に、魔法陣の中にみるみる魔力が充満していくのを感じる。  トレフル・ブランは、空中に魔法陣と獣の魔力を融合させる術式を展開した。魔法陣と獣が一体となり、強い光芒を放つ。とても目を開けていられず、全員が腕で顔を覆った。  光が(しず)まったころ、トレフル・ブランたちはそろりそろりと目を開いた。  そこには、一匹のオオカミとも野犬ともつかぬ生き物が座っていた。黒に近い褐色の毛皮と痩せた体、そして黒い首輪。あの獣が選んだのが、この姿だったのだ。おそらくは魔法騎士(アーテル・ウォーリア)の連れとして目立つことのない、この姿を。  トレフル・ブランはそっと歩み寄り、その耳の後ろを少しだけ撫でた。獣は、軽く尾を振って応えた。  新しい魔法陣を描くと、今度は赤い首輪の個体がそこに収まった。魔力を融合させた姿は、明るい褐色の豊かな毛皮、特に首の周りに立派なたてがみをまとっていた。大柄で、どこか陽気さを感じさせる表情の獣は、真っすぐユーリの腕の中に飛び込んで、その顔をなめまくった。  その次の魔法陣には、青い首輪の個体が入った。光が鎮まったあとに優雅に座っていたのは、木漏れ日をまとったような薄い金色の毛皮を持つ美しい獣だった。歓声をあげて駆け寄るキーチェの前で、ひらりひらりと、見せびらかすようにしなやかに、豊かな毛皮の尾を振った。  最後は、トレフル・ブランが自分のパートナーとしてイメージした、緑色の首輪の個体だ。その獣は、真っ白な毛皮のまま、特に見た目うえでの変化はない……そう思ったら、尾が二股に分かれていた。白い獣はトレフル・ブランに歩み寄ると、宝石のような緑の瞳で彼を見上げ、そっと体をすり寄せて来た。  その背を軽く撫でてやりながら、トレフル・ブランは少し昔のことを思い出していた。 (フォ・ゴゥルも、こんな風にふさふさした毛皮だったなぁ)  フォ・ゴゥルというのは、先生が連れていた知性ある獣の名前だ。おそらくは、あれも聖獣(イノケンス・フェラ)だったのだろう。常識人とは言い難い先生に代わってトレフル・ブランの実質の教育係を務めたのは、七つの尾を持つこのフォ・ゴゥルだった。彼(彼女)とも、もう長いこと会っていない。  世の中に、白き闇の眷属はあふれている。その中からトレフル・ブランは無意識のうちに、幸福な思い出を求めて、草原を駆ける四足歩行の獣を聖獣(イノケンス・フェラ)に選んだのかもしれなかった。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加