episode 13. 復讐者

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 彼は、左手首につけたブレスレットに触れた。それが淡く発光する。  魔法の前兆に、トレフル・ブランは身構えた。初見であるから予測はしづらいが、雪を用いた魔法の可能性が高いと考え、防御のための呪文を早口で唱え始める。 「僕が滅ぼしたいのは、このパゴニア王国の人間だけだ――消え去れ!」  少年の背後に、大きな影が盛り上がった。  それは、一軒家ほどもあろうかという雪の魔導人形(ゴーレム)人形だった。顔はなく、ただ口にあたる部分に大きなくぼみがあった。そのくぼみから、声なきうめきが聞こえた気がした。  影が迫った。ゴーレムが前方に倒れ込んできたのだ。足の間に立つ少年は無事だが、トレフル・ブランはまともにくらう位置だ。  トレフル・ブランは視線で合図し、白い獣を一旦収納した。そして、唱えていた呪文を解き放つ。 「全方位防壁(ディレクシオン・ミュール)!」  自分を中心に、全方位に向けて防壁を巡らせる、オリジナルの術式である。移動できないこと、実は地面の下までカバーできていないことが弱点ではあるのだが、雪の重みだけならば耐えられるはずである。  ズドンと重量感のある響きと雪煙が舞い上がった。  雪の塊に閉じ込められたトレフル・ブランだったが、事前にに転がしておいた万年筆で、雪に共通語の問いかけを(つづ)った。 『君は、誰なの?』  少年は冷たい目でそれを一瞥し、「しぶといやヤツ」と呟いたが、不意に狂ったような、苦しみを堪えるようなような冷たい笑い声をあげた。  雪の中でそれを聞いていたトレフル・ブランはぞっと身震いした。 (ユーリ、キーチェ、教官! 誰か、はやく来て……!)  祈るような気持ちとは、こういうものを言うのか。  雪の壁の外から、少年の哄笑は続く。 「ハハハハ、ウフハハハハッ! いいだろう、いずれ名乗りを上げなくてはいけないんだ。邪魔者の外国人に一番に教えてやる、ありがたく思え。僕の名は、ペルルグランツ。この国に復讐する権利を持つ者だ。騎士団長と、国王にそう伝えろ」  そうして、高笑いを響かせて彼は去って行った。  うずたかい雪の塊の中でじっとうずくまりながら、トレフル・ブランはその言葉の意味を考えていた。
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