episode 14. オーロラの下で

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 食事を摂ってひと眠りしたが、それほど時間は経っていないようだった。窓の外はまだ暗く、ユーリとキーチェのふたりは、規則正しい寝息を立てて眠っている。  トレフル・ブランも寝なおそうともそもそと寝返りをうったが、かえって目が冴えてしまい、眠ることを諦めて小屋の外へ出た。一気に寒気が襲ってきたので、白い獣を呼び出す。トレフル・ブランの意を()んだらしい獣は、体を大きくして寒波を遮り、ふさふさの毛皮のクッションを提供してくれた。  地に伏せた獣のあたたかな毛皮に埋もれながら、「俺は、自分で思っていたよりずっと衝撃を受けていたみたいだ」と語るトレフル・ブラン。 「ねぇ、ブランカ。俺、いつのまにこんなに弱くなったんだろう」  自分で“ブランカ――白”と名付けた獣によりかかり目をつむると、雪の塊に閉じ込められた時のことを思い出す。  閉じ込められたことが怖かったのではない。雪の外から鳴り響く、人間の狂気、飛びぬけた悪意の波動が肌を打つ感覚が恐ろしかった。  思い返せば、自分に悪意をぶつける人間と出会ったことは少なかったように思う。たいていの人間が自分に向ける感情は“無関心”であり、そうではなかった先生は、魔法の素晴らしさ、世界の素晴らしさを教えてくれた。先生と出会って以後、自分に悪意を向ける人間は、先生がなんらかの方法で排除していたのではないか、と考えついた。 (そうか。つまり、俺は弱くなったんじゃなくて、最初から強くなんてなかったんだ)  誰か助けて――そう願うことが、トレフル・ブランの人生で極めて少ない経験であり、それがいっそう恐怖を(あお)った。  今までは、自分でどうにかすることが当たり前だったのに。  ひとりでいることが、当たり前だったのに――。  トレフル・ブランは激しく首を振った。 (いや、違う。ひとりじゃなかった。前は、先生がいた、フォ・ゴゥルがいた。今は、ユーリやキーチェたちと旅をしている)  短くはない人生の中で、たくさんの人たちと関わってきた。施設の人々、自分を養子に迎えた家の人々、旅先で出会った人々、魔導士協会を通じて関わった人々……良い出会いばかりではなかった。だとしても、自分はひとりきりではなかったのだ。  人間は、ひとりきりで生きているのではないと知ること。  それはトレフル・ブランにとって新鮮な衝撃だった。  やわらかな毛皮に包まれながら、膝を抱え、宝石箱をばらまいたような星空を見上げる。トレフル・ブランには、それが砕けた自分の心の破片のようにも感じられるのだった。
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