episode 15. パゴニア王国の闇

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 トォオーノはソーカルの問いには直接答えず、ほろ苦い笑みとともに情報をつけくわけた。 「先ほどの話、王命を破り、赤子を殺せなかった兵士は、この(わし)だ」  トレフル・ブラン、ユーリ、キーチェの三人は、顔を見合わせて驚きを共有した。  横目で伺うと、ソーカルの顔には、さもありなんと納得の表情が浮かんでいた。予想していた内容なのだろう。  いち早く驚きから回復したトレフル・ブランは、「では、あなたは赤ん坊を城外に連れ出し孤児院にでも預けた、とか?」と歴史を掘り下げる。 「ふむ、五十点だ。遠縁の木こり夫婦に預けた――権力の闇から遠く離れた小さな田舎町で、いち市民として平和な生涯を送ってほしかったのだ」  トォオーノは重い足取りで絨毯を踏みしめると、自ら椅子を引いて、トレフル・ブランたちが集まっていたテーブルの一角に座を占めた。トォオーノの視線はテーブルの上に置かれた燭台(しょくだい)に固定されていたが、その炎の揺らめきの中に過去を見つめているのは明らかだった。 「じゃが、うまくいかぬものだ。昨日、その遠縁を訪ねてみたのだが、家の中に人はおらず、家財家具が在りし日のまま丁重に保存されていた。裏手にまわると、質素な墓があった。おそらく、木こり夫婦は亡くなったのだろう」  花が供えてあったよ――そう言ったきり、トォオーノは黙り込んだ。  トレフル・ブランは胸中に呟いた。 (なるほど。彼も二度、孤児になったわけだね)  一歩間違えば、自分も彼のように血で舗装された復讐の硬い道を歩いていたのだろうか。彼と自分を分けた境界線は、どこにあるのだろうか。  考え込んだトレフル・ブランの隣で、キーチェが声を上げた。 「失礼ですが、騎士団長どの。まだご来訪の目的をうかがっていませんわ」  トォオーノは重々しいため息をつき、「一言でいえば、口止めの依頼じゃ」と答えた。 「ことは王室の権威に関わること。貴殿らには、このことはくれぐれも他言無用に願いたい」 「それは無論ですが」  と、ソーカルが話の続きを引き受けた。 「我々はあくまで魔導士協会所属の人間。今すぐにとは言いませんが、そっちに報告できるだけの材料は提供していただきたい」 「……鋭意検討する。しばし猶予(ゆうよ)をくだされ」  そうして、来た時同様静かにトォオーノは去って行った。    しばらくして、「私たちはどう動きますか、教官」とキーチェが質問する。  ソーカルは腕組みをほどいてコーヒーカップを持ち上げた。 「王室の方針が定まるまでは、大きな変化はないな。襲撃地点を絞り込んで待ち伏せし、被害を少しでも抑える。それに尽きるだろう」  他言無用の依頼を受けた以上、魔導士協会に事情を説明して増員を送ってもらう、という策も使えない。そもそも、魔法騎士(アーテル・ウォーリア)そのものがそれほどメジャーとは言えない。ソーカル一行が派遣された理由のひとつもそこにある。  トレフル・ブランは紅茶を一口含むと、「じゃあ、迎撃するとしてその対策を話し合いましょうか」と立ち上がった。  それから三十分ほど作戦会議は続き、その日はそのままそれぞれの部屋へと引き上げた。
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