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episode 2. 指令、雪だるまを討伐せよ
三人の見習い魔導士たちは、ヴァルト共和国で大量発生している白い野犬――魔王の眷属――討伐任務の指令を受けていた。宿舎は、魔導士協会が提供した、町の魔導士協会支部の一角である。ここを拠点として、国が提供する闇の眷属たちの出現情報に基づき駆除を行いつつ、並行して次回の正式な「初級魔導士認定試験」の課題と試験勉強をこなす生活が続いていた。
この拠点では、朝食のみだが無料で食事を提供してもらえるのがありがたく、味も申し分なかったので、三人は朝食の時間を楽しみにしていた。
トレフル・ブランが一階の食堂へ降りて行くと、古い木製のテーブルに先客はおらず、ここ数週間ですっかり定位置となった窓辺の席に腰かけた。すでに、食卓にはサラダとミルクが用意されている。
そこへ、ひょいと身軽に、協会支部の管理人兼料理人の男性が顔を出した。壮年にさしかかる年頃の、グレーの髪と、ととのった口髭と、陽気な笑顔を持っている人物で、みなから親しみをこめて「おじさん」と呼ばれている。
「おはよう、トレフル。もうすぐパンが焼けるから、もう少し待っておくれよ」
人のよさそうな顔をくしゃっとゆがめて笑うおじさんに、「ありがとう」と返したトレフル・ブランだったが、注釈を入れるのは忘れなかった。
「俺の名前、トレフル・ブランだから。省略しないでね、おじさん」
おじさんは「年を取ると、長い名前は覚えられなくなっていくんだよ」と笑いながら厨房へ引っ込んでいった。入れ替わりで、キーチェと、彼女に引っ張られるようにしてユーリが現れる。
「あらためて、おはよう、ふたりとも。ユーリ、見違えたね」
「そりゃ、どうも」
ボウボウだった髪をととのえて首の後ろでひとつ括りにまとめ、前髪と眉をきちんとととのえたユーリは、町の女の子が思わず黄色い歓声を上げる好青年だった。クセの強い髪もワイルドな雰囲気をかもしだすスパイスとなり、対照的に黒く穏やかな瞳は理性と落ち着きをうかがわせる。髪の色と同じ、赤いマントを颯爽と着こなした姿は、さすがは名門フラームベルテクス家のご令息と、誰もが感心するものだった。
その仕上げに腐心したキーチェは、最近すっかりユーリとトレフル・ブランの専属コーディネーターになっている。彼女は満足げに自分の作品を眺めると、「ま、こんなものでしょう」と呟いて、これまた定位置に着席した。ユーリは彼女に分からないようにトレフル・ブランにだけ肩を竦めて見せ、彼女の向かいの席に座った。
もうひとり、いつもトレフル・ブランの向かいの席に座る人物が現れないが、彼が時間にルーズなのはよくあることなので、焼き立てのパンと熱々のシチューが運ばれてきたことを合図に、三人は若く食欲旺盛な胃袋を満たすことに熱中した。特にユーリは「ご当地名物食べ歩き」を趣味としているだけあって、かなりの健啖家だ。食卓からは、どんどん食べ物がなくなっていく。その都度、おじさんがタイミングを見ておかわりを運んでくれるので、三人は心ゆくまで食事を楽しむことができたのだった。
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