episode 19. 復讐のその先に

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 二時間ほど経過しただろうか。  ユーリが「寒い、寒い」とまとわりついてくるのを適当に相手しながら過ごしていると、キィィィィンと耳鳴りのような高い音が、がらんどうとした建物の中に響いた。  ブランカたちは低く唸り声をあげ、音の方角を睨みつけて牙をむく。  トレフル・ブランは、青銅の鏡を使って門の警備をしていた兵士に連絡を入れた。すぐに光の狼煙(アルメナーラ)が上がり、教官たちが駆けつけてくれるはずである。それから、銀の万年筆を取り出して、侵入者の方角に向かって術式を書きつけた。その上を通過すると発動する罠を仕掛けておく。  ユーリは金の礼装剣を取り出した。いつもの回転式拳銃(レボルバー)は、爆発の威力が大きすぎて使えないからだ。 「前衛は、ユーリに任せるよ」  ユーリは黙って頷き、ひたと闇の奥を見据えた。  ほどなくして、カツンカツン……と靴音が響き渡る。  ふたりの神経に緊張が走った。  闇の奥から、シャンデリアの灯りの下に抜け出してきたのは、やはりトレフル・ブランが出会ったあの少年――パゴニア王国に復讐する権利を持つと言った、ペルルグランツだった。  彼はさらさらと揺れ動く銀髪の下で、不機嫌そうに口元を歪めた。その手のひらに、淡くやわらかな光沢を放つビーズのようなものを(もてあそ)んでいる。 「なんだ、またお前なの? 外国人に用はないんだけど」  トレフル・ブランは、右手にある銀の万年筆の感触を確かめながら言った。 「あいにくと。俺たちは、君のやることを止めなくちゃいけないからね。これも仕事だから、悪く思わないで」  トレフル・ブランの軽口に、ペルルグランツはカッと両眼を見開いた。 「仕事だと!? そんなつまらないもので、僕の計画を邪魔するなっ!」  ペルルグランツは、激しく腕を振ってビーズのようなものをあたりにばらまいた。  それは見る間に形を変え、背の低い犬のような獣になった。犬とハッキリ違うのは、顔に六つの目があることである。赤く血走った眼球が、ぎょろりとトレフル・ブランたちを見渡す。その数、さっと三十匹ほどか。  グルルルル……と獣の唸り声が満ちる。  ブランカとオリオンが、ふたりをかばうように前に出た。 「侵入者だと通報があった! こいつが……!?」  兵士が四人、その場に駆けつけた。憎しみを露わに異形の獣たちを従える少年の圧力に唾をのむ。 (見た目は闇の眷属に近いが、最初に持っていたあれは、たぶん真珠だろう。これほどの数を召喚魔法で呼び出すにはかなりの技術と魔力が必要だ。たぶん、あの犬たちも魔導人形(ゴーレム)だろうな)  そのようにトレフル・ブランは見立てた。周囲の兵士たちに聞こえるよう、「戦い方は、今までの白い無法者(ヴィート・ギャング)と変わらないと思うから、構えて!」と檄を飛ばす。兵士たちは慌てて、腰の剣を抜きはらったり、錫杖のような呪具を取り出したりした。 (うーん、この反応では、戦力としてはあまり期待できないかな)  トレフル・ブランが対策を考える前に、白い獣たちが地を蹴って襲い掛かってきた。  ユーリは剣で、兵士たちもそれぞれの獲物で、小さな白い獣の牙を受け止める。  トレフル・ブランも呪文を唱え、水の塊を叩きつけた。が、今までの雪だるまや雪男と違い、六つ目の白い犬は敏捷だった。ひらりと飛んで(かわ)される。目の前に迫った牙を、どうにか真鍮(しんちゅう)製の短剣で受け止めた。
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