episode 20. 少年王・コラルグランツ

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 観光シーズンから外れているため、キルリク駅にほど近いこのホテルでは、ひとりにつき一室、部屋が割り当てられていた。  トレフル・ブランがシャワールームから出てくると、ユーリが椅子に腰かけて待っていた。  嫌な予感がしたので見なかったことにしたいが、簡素なベッドがひとつ、テーブルと椅子が一脚ずつおかれているだけのこの狭い部屋で、訪問者を完全にスルーすることは難しいだろう。  というか、何故いるのだろう。確かに鍵はかけていなかったが、ふつうは一声かけるものではないだろうか。 「トレフル・ブラン! これ、飲んでみてくれ!」  と差し出されたのは、ガラスケースに入った黄色い粉末。それが何なのかは、尋ねるまでもなく理解できる。 「つまり、嘔吐薬が完成したんだね?」 「そうだ! ちゃんと出来ているか、飲んで欲しいんだ!」 「いや、なんでそんなもの飲まなきゃなんないの。飲むわけないでしょ」  正しく作られた嘔吐薬ならば、約十分間の間、胃の中のものを吐き出し続けなくてはならない。  トレフル・ブランは、ユーリからガラスケースを受け取ると、その黄色い粉末を分析魔法(アナリティクス)にかけた。これは魔の審美眼(マージュ・ホルス)とは異なり、魔法の術式ではなく、物質の素材・組成を調べる魔法である。  トレフル・ブランの見たところ、原材料は過不足なく揃っており、製法も誤ってはいないようだ。 「まぁたぶん大丈夫だと思うけど。どうしても効果が気になるなら、教官のコーヒーにでもこっそり混ぜてみたら?」  ユーリはひきつった笑みを浮かべた。 「……さすがに冗談だよな?」 「まぁね。でも、俺より詳しく分析できると思うから、見てもらうのはアリだと思う」 「分かった、そうする!」  ユーリの黒い瞳がらんらんと輝き、「ありがとう、トレフル・ブラン!」と両手を握って揺さぶられた。 (眠気が吹き飛んで、いいか)  と、トレフル・ブランはあえて肯定的に捉えることにし、ユーリの背中を押して、ドアの外へ追いやった。  結局この日も襲撃はなく、それどころかそれから三日間、どの町も襲われることはなかった。
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