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『どういうことなのでしょう。諦めてくれたのなら、ありがたい話ですけれど』
炎の中に、イオディス・トーレの姿がゆらゆらと揺れている。ソーカルが銀のライターで受信した立体映像である。
「そりゃないんじゃないですかね。相当の憎しみを持って、王国に仕掛けてきているようですから。それで、行方は分からないんですか?」
『えぇ……。完全に痕跡を絶っています。そうでなくても雪深いこの季節、特定の人物の追跡は難しいものです』
王都にいるイオディスとの間に開かれた通信を、トレフル・ブランたち三人も隣に座って聞いていた。
重苦しいため息で、炎が揺れた。騎士団長トォオーノ・グラヴィティだ。
『一体、“彼”はどこへ消えたというのだ。行く場所など、もうどこにもないというのに……』
その声には、深い悔恨と苦悩が感じられる。
トレフル・ブランは、この台詞に引っかかりを覚えた。
ソーカルに合図を送ると、彼は軽くあごをしゃくった。「話せ」ということらしい。
「横から失礼します。トレフル・ブランです。彼が生まれ育った、木こり夫婦の住んでいた家は、もう捜索しましたか?」
『……なんだと? 彼は、あそこにいると言うのかね』
トレフル・ブランは頷き、それだけでは相手に伝わりにくいと思い直して「えぇ」と声に出した。
「孤児である彼の帰る場所は、この世にたった一つしかありません」
大人たちが、顔を見合わせる気配がした。
軽く咳払いして、「当たってみても良いのでは?」とソーカルが言った。
「見当がないなら、とにかくそれらしいところを当たってみるのもいいでしょう」
『あぁ……そうじゃな。イオディス、手配を』
『はい、かしこまりました、閣下』
そこへ、パタンという扉の音が響いた。
ソーカルたちはイオディスが退出した音ではないかと思っていたが、違った。
『陛下!!』
トォオーノの太い声が響く。
ソーカルは炎の陰を白い壁に投影し、見える範囲を広げた。古い映画のようにちらちらと点滅しながら、イオディスたちの様子が映し出される。
立ち尽くすトォオーノ、イオディスの前に、ひとりの身なりの良い少年が立っていた。
コラルグランツ・エーレパゴニア。若干十五歳の、パゴニア王国の現国王。
状況から考えて、その人でしかない。
トレフル・ブランは、緑の双眸を見開いてまじまじと少年王を観察した。
(なるほど、たしかに双子だ……)
線の細い体、繊細に流れる銀の髪、そして青い瞳。ペルルグランツと名乗った少年と瓜二つだ。ただひとつだけ、その瞳には曇りがなく、晴れた日の海のような美しい青色をしていた。
少年王――コラルグランツは、一同を見渡して微笑んだ。
『魔法騎士のみなさん、初めまして。私の名はコラルグランツ・エーレパゴニア。この国の王です』
でしょうね、とも言えず、トレフル・ブランたちはその場に立ち尽くした。
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