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それが、指令書の内容だった。
ユーリが戸惑ったように発言する。
「えーっと、これを読むと、雪だるまに襲われて困っているから助けてほしいと、パゴニア王国から要請があった……ってことになるんですよね」
「あぁ、そうなるな」
ソーカルは煙草をもみ消し、どこからか取り出した新しいもう一本に火をつけた。キーチェが咳払いしたが、ソーカルが気にするそぶりはない。
トレフル・ブランは、指令書を手に取った。そして、『透視』『あぶり出し(火・水)』『隠滅の復活』の魔法を試み、最後になんらかの『隠蔽魔法』の形跡がないかの調査も行ってみた。簡易的な調査だったが、現段階での結論は、これはただの紙片でしかないということだった。つまり、文字の内容がそっくりそのままの意味を示している。隠された指令が潜んでいないかなど、時間と道具があればもっと詳しく調査することができるのに……。
その様子を見ていたソーカルが、「お前、相変わらず用心深いねぇ」と、ちょっと呆れたように言った。
頭を掻いた彼は、ようやく指令書の内容を補足してくれる。
「つまりだな、要請元がパゴニア王国ってとこがミソなんだよ」
パゴニア王国は二年前に先代が崩御して、まだ15歳の若い王が、摂政と騎士団長と議会に支えられながら国事行為を行っている。つまり、政情が不安定な国なのである。この混乱に乗じて国の実権を握ろうとする国内勢力、領土や権勢の拡大を目指す国外勢力――内憂外患の状況で、他国に首を突っ込む口実を与えるのは正直なところ避けたいだろう。本来ならば、この「雪だるま」という連中も自国で片を付けたかったはずだが、多数の死傷者が出るに至って、他国に援助を要請せざるを得なくなったようだ。
かと言って、他国の正式な軍隊は招くべからず、強力な魔法使いに国の内情を探られるのも困りものだ――そこで白羽の矢が立ったのが、中級魔導士率いる見習い魔導士の魔法騎士研修班、というわけだ。
「まぁ、一応納得はできましたけど」
トレフル・ブランは、隣に座るユーリに指令書を手渡した。心得た彼は、一瞬でその紙切れを灰にした。指令書は、正当な開封者が読み終えた後は破棄する決まりになっているからである。
トレフル・ブランは、にっと口の端を持ち上げた。
滅多に見ない“トレフル・ブランの笑顔”に、ユーリとキーチェはやや居心地悪そうに椅子に座りなおした。さすがにソーカルは動じない。
「僕たち、まだ見習い魔導士なんです」
「あぁ、知ってるよ。だから俺がお前たちのおもりをやってんだろうが」
「じゃあ、教官としては、俺たちに次の認定試験、なんとしても受かってほしいですよね?」
「……」
「試験まで、あと一ヶ月と少しなんですけど」
「……」
「課題もあるし、試験勉強にも身を入れないと」
「……」
トレフル・ブランの笑顔の圧力に、ソーカルは無言で耐えきった。
しばし視線で戦っていたふたりだが、やがてトレフル・ブランが折れる。
「……断れないんですね」
「たりめーだ。正式な指令書だぞ。ほれ、さっさと準備に入れ」
しっしっ、と犬でも追い払うようなその仕草に、トレフル・ブランの中で閃いた計画があった。
「教官。今日の予定地に行って、眷属を倒してきていいですか? 午前中には戻りますから」
その言葉に、ソーカルはじっとトレフル・ブランを見つめた。
トレフル・ブランは視線を逸らさなかった。おそらく許可されるだろう、という見通しがあった。この数週間の滞在でトレフル・ブランたちも討伐任務に慣れ、手こずるような大物も現れてはいなかったからだ。
ソーカルは頷き、「三人で行け。旅支度もととのえろよ。本格的には、パゴニアに行ってから準備するが」と言って、食堂を出て行った。
旺盛な食欲で残された果実を詰め込んでいたユーリが「なんで、魔王の眷属狩りを続けるんだ? 次のは緊急案件だぞ」と尋ねる。キーチェも頷いている。
「ま、素材集めだとでも思ってくれればいいさ。ふたりとも、パゴニア王国は雪国だ。寒さ対策、しっかりしないとダメだぞ」
かつて、先生に一度だけ連れられて訪れた土地を、ぼんやりと思い出す。
(あの時は、夏だったから……夏の気候から、夏って言ってもほぼ冬のパゴニアの風土は、本当につらかった。今回、もう秋も終わろうとしているだけ、前回よりマシな旅になるかな)
準備物をあれこれと想像しながら、まずは白き闇の眷属、この地を騒がせる白い野犬を討伐すべく、準備のためトレフル・ブランは部屋に戻った。やや釈然としない様子ながらも、他のふたりも装備をととのえ、三十分後には三人揃って協会支部を後にした。そして首尾よく、素材を手に入れたのだった。
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