episode 21. 復讐者の起源

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 彼はゆったりとした足取りでトレフル・ブランのところへ歩み寄ってきた。 「君と、一度話がしたいと思っていた。少しいいかな?」 「……まぁ。俺でお役に立てるようなことなら」  コラルグランツは、トォオーノたち護衛を外に出し、トレフル・ブランとふたりで質素なテーブルについた。  人の家の台所を勝手に借りる気にはなれず、飲み物もなく無言で向かい合う。  やがて、コラルグランツがぽつりぽつりと話し始めた。 「私の母は、私が物心つくころにはすでに心を病んでいた。私を見ても何の反応を示さないときもあったし、ある時は私を抱きしめて『ペルル、ごめんなさいね』と言って涙を流すんだ。そんな状態だったから、母と私の双方のためにと周囲が気を遣って、私たちはあまり一緒の時間を過ごしたことがない。最期まで症状は回復せず、母は逝った」  トレフル・ブランはコラルグランツの顔色をうかがった。そこには、寂し気な笑みを浮かべた、同い年の少年がいた。 「父は……これは国民にも広く知られていることだから言うが、頑迷で偏屈な男だった。母のほかに寵姫を持つこともなく、ならば母を愛していたのかと言えばそれもよくわからない。息子である私のことも、どう思っていたのかわからない。父とも、公式の場以外で顔を合わせることがほとんどなくてね。そんな父も、母の後を追うように二年前に亡くなった」  私は魔法が使えない、とコラルグランツは言った。 「この国の人間は、魔法使いとそうでないものが半々だから珍しいことじゃないけどね……それでね、トレフル・ブラン。魔法使いである君に訊きたい。ペルルグランツは、弟は、ここで過ごした時間をどう思っていたのだろう。彼にとって、この場所はどんな意味を持つのだろうか」  トレフル・ブランは、しばし反応に迷った。  今の話を聞く限り、どうやらコラルグランツは家庭的に平穏な環境で育ったとは言い難いようだ。  彼が何を聞き出したいのだろうかと考え、やはり素直に弟の境遇を知りたいのだろうと結論付けたトレフル・ブランは、少し言葉を選びながら、それでも正直に答えた。 「ここには、彼の幸せな時間がつまっています。優しい父と母に温かく見守られ、育まれた記憶が残っています。間違いなく、彼にとってのふるさとでしょう」 「……そうか。私がここを訪ねたことを知ったら、彼は気を悪くするだろうか」 「さて。でもそうですね……心の中の神聖な場所には、あまり誰も立ち入らせたくないと、考えるかもしれません」  コラルグランツは静かに目を伏せた。 「ありがとう、トレフル・ブラン。話を聞けて良かった」  小屋を出たふたりは、トォオーノたちとともに木こり夫婦の墓に手を合わせた。  特にコラルグランツは、いつまでも熱心に、まるで祈るように、墓に手を合わせ続けていた。その横顔が、トレフル・ブランの印象に強く残った。
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