episode 21. 再会と、後悔と

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 ざくざくと雪を踏みしめる足音がしっかりと届く距離になって、初めてペルルグランツは口を開いた。視線は、なお余人にはわからない遠い世界を見つめている。 「トレフル・ブラン、って言ったっけ」 「……そうだよ」  トレフル・ブランは一歩前に出た。片手に銀の万年筆を握り締めていたが、あまり警戒する必要はないのではないかと感じる。以前に出会った時のような禍々しい圧力を感じなかったからだ。その表情にはなんの感情も浮かんでおらず、命令を受けて動く魔導人形(ゴーレム)たちと同じような、奇妙に虚ろな雰囲気をまとっていた。  ぼんやりと氷の張った湖面を見ながら、彼は言った。 「父の日記を見た。お前の言うことが、どうやら正しかったみたいだ」  父王の命令で殺されそうになったが、当時近衛兵の一員であったトォオーノが命を救ってくれたこと。生みの母が、弟王子の処遇に悲しみ精神を患ったこと。そしてなにより、養父母が心からペルルグランツを愛し、無名の市民として幸せな人生を送って欲しいと願っていたこと――そういうさまざまな事柄と思いが、日記帳には綴られていたそうだ。 「僕は、僕を殺そうとした奴らがのうのうと生きているのは、とんでもない罪悪だと思っていた。それに復讐するのは、僕の正当な権利だとも思っていた」  トレフル・ブランは返事をしない。黙って、ペルルグランツの独白を聞いている。 「ところが、蓋を開けてみると憎んでいた騎士団長は命の恩人だった。僕に直接害を与えようとしは王は、頑迷で偏屈な王だと国民に軽蔑されながら死んでいった。僕にはもう復讐の対象がいないし、なにより、それは愛してくれた父母の願いに背く行為だ」  父母、というのは、当然トォオーノの遠縁だという木こり夫婦のことを指すのだろう。 「お前も孤児だと言っていただろう。お前は、世間を恨んだことがないのか?」  さてどうだろう、とトレフル・ブランは腕を組んだ。  十五年というのは、さほど長くないようでいて、決して短くはない人生だ。その中で、恨みとか憎しみとか、そういう感情は薄かったように思う。なにより人生の後半は、先生に振り回されて忙しかった。  トレフル・ブランは小さく笑った。表情の選択に迷わなかった。 「施設の人たちも、一時は俺の養父母だった人たちも、俺には無関心だった。だから、俺も彼らに関してはあまり関心がなかったかな……それよりも、書物に描かれる魔法使いの偉業に憧れた。それが運を呼び寄せたのが不運を招いたのか、魔法使いの師匠に拾われてからは、師匠についていくのに精一杯で、他人を恨んだりうらやんだりする余裕はなかったよ」  ペルルグランツは、初めてトレフル・ブランの顔を見た。そこに浮かぶ真偽を見定めようとするかのように。  やがて彼は何も言わず、視線をもとに戻した。  そして、大きくもない声で彼の兄弟に呼びかけた。 「いるんだろう? コラルグランツ」  一同に緊張が走った。それを制するように、ペルルグランツは「安心しなよ。もう戦う意思はない」と付け足した。 「だから、出てこいよ。隠れていても、どうしても僕にはお前の存在が分かってしまうんだ」  背後からためらいの気配を振り払うように、コラルグランツが姿を現した。トォオーノたちも後に付き従う。
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