episode 22. 旅立ちの駅

2/5
前へ
/70ページ
次へ
「――はい、終わりましたわ。なかなかの出来でしょう?」  ペルルグランツの背後から正面にまわり、キーチェは満足げに口元をほころばせた。  横で見ていたユーリが「いいね、さっぱりして、男前になったんじゃない?」とぱちぱち手を叩く。  トレフル・ブランは、薬の調合具合をソーカルに確かめてもらい、許可をもらってそれを小瓶に封印してペルルグランツに手渡した。 「今日から三日間、眠る前に飲んで。急速に背が伸びて、横幅もちょっと広がる……ガタイがよくなるイメージかな。ただ、けっこう痛みを伴うと思うから、これ、鎮痛剤も一緒に渡しておく」  ペルルグランツの白い手がそれらを受け取ると、トレフル・ブランは、第二のポケット(セカンドポッケ)からもうひとつの小瓶を取り出した。  中には、薄っぺらい小さなドーム型の物体が、とろりと満たされた液体の中で頼りなく揺れている。 「これは……?」  ペルルの問いに、「瞳の色も変えなくっちゃね」とトレフル・ブランは答えた。 「これは眼球に装着する魔法のカラーベールだよ。君の目の色、国王にそっくりなんだもの。これじゃ困るから、瞳が黒色に見えるように作っておいた。ちょうど髪の色も黒に染めたことだし、よく似合うでしょ?」  現在、髪は急ごしらえで黒色に染めたが、服用するうちに徐々に髪の色が変わる調合薬も、すでに渡してある。  そう、ペルルグランツはひそかに生き延びていた。名前を捨て、姿を変え、別人として生きるために。 「これからの人生のすべてをかけて、君が犯した罪をつぐなってほしい。そして、ご両親が望んだ平穏な生活を手に入れてくれ」  それが国王コラルグランツから弟への願いであり、それに伴う処理をソーカルたちは任されることになった。もちろん、魔導士協会にも秘密裏に。  この処分には、事情を知る一部の関係者から当然「甘すぎる」との声が上がったが、国王も騎士団長もともに罪を背負って生きていく、と国王が自分の意志を明らかにしたことで、大きな声で文句を言うものはいなくなった。  ペルルグランツは地方の僧院に預けられ、そこで僧侶としての修行を積みながら、地域で困窮する人たちの救済にあたることになる。  ペルルグランツは瞳にカラーベールを装着した。キーチェにカットされた短い黒髪、黒い瞳の少年がそこにいた。整った顔立ちだが、どこの村にもひとりはいそうなごく普通の少年だ。 「ふむ、これで体格が変化すれば、だれも陛下のご兄弟とは分かるまい」  トォオーノがあごひげを撫でながら評し、ソーカルも頷いた。  そこへ、国王コラルグランツが顔を出した。  ペルルグランツの全身をしげしげと見つめ、 「うん。すっかり見違えたね」 と満足げにうなずいた。  ペルルグランツは気まずそうに視線を逸らす。  その彼に歩み寄って、コラルグランツは肩に手を置いた。 「一生のうちで、君と出会うことは、もう二度とないかもしれない。それでも、一生に一度も会えずに終わるより、ずっと良かったと私は思っている……どうか達者で暮らしてくれ。そして、私がより国民のための(まつりごと)を行っているか、見守っていて欲しい」 「……あんた、本当にこれでいいんだな?」  コラルグランツは、静かに頷いた。 「わかった。僕も犯した罪を忘れず、市井の人々に尽くすよ」 「あぁ」  それが、兄弟の交わした最後の会話となった。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加