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「此処が入口です」
時折、三人に問いを投げかけつつ、楊武と属官たちが互いに饒舌になり始めた矢先、目的地へとたどり着いた。
城門をくぐり、田園風景を背中に山道をひたすら歩く。ちょうど城壁の北西角に位置する木々の隙間から見える洞穴が、件の王墓への入口である。
入る前にそれぞれ手元に灯りを用意すると、楊武が引き続き先陣を切った。
「実は発見された当時、既に誰かが入った形跡がありました」
暗がりの中、狭い通路で背の高い博文や郭屯はやや腰を屈めていた。
「と言うか、今歩いているこの道が既に盗掘した人々が堀った穴です。本来、このような墳丘に横道が掘られていることはないんです」
楊武は「この先また少し狭くなります」と注意し、手燭を持ち直す。
「南に下ると、戦国時代の旧市があるので、おそらくその当時の王の墓であろうと今のところは推測されています」
そう言うと楊武は一同に静止をかけた。
通路と地面の段差を照らして軽く飛び降りると、手燭を持つ手を掲げた。
「此処からは墓の内部です」
狭かった通路とは違い、天井も高く、手燭では照らしきれないほどの広い空間が現れた。
楊武が通路の足元を照らし、段差を飛び降りる際には手燭を預かり、両手が使えるよう配慮する。
一人、また一人と通路から飛び降り、全員が足を滑らせることなく墓内へと降りた。
博文は一度この空間に来たことがあるので特に変わった感想はなかったが、他の三人は初めて入る王墓の中に息を呑んだ。
「こういった遺跡に入るのは初めてですか?」
天井を見上げ、口を開けていた顔勒に楊武が問いかけると、顔勒の「はい」と声が墓内に響いた。
「偶にですが、今後は一緒に来ていただくことがありますので、少しずつでいいので興味を持っていただけると嬉しいです」
楊武が言うと、各々「はい」と答えた。
しばらく各々で墓内を歩き回り、問題の壁画のある副室へと向かう。
墓の内部はすでに盗掘されていて、副葬品はなく、発見当時から遺体と棺しか見つかっていない。
資料を見て説明しているわけでもないのに、迷いなく各部屋へと足を運ぶ楊武に班該が尋ねた。
「李殿はこの遺跡の付近に大変お詳しいようですが、来られたことがあるのですか?」
まっとうな疑問であるが、楊武はぎくりと肩を強張らせた。
「李梓殿はこの墓の発見者の一人だ」
すかさず博文が楊武に助け船を出す。
息をつく間もなく、楊武は央晧から渡された李梓の設定を思い出し、博文に続いた。
「地元がこの辺でして。中も何度か入らせてもらいました」
「勝手に入った、の間違いでは?」
「ははは……」
意外と博文はのりがよかった。その後も何度か会話を交わしたが、調子よい掛け合いに驚いた。
てっきり央晧の命で仕方なしに付き合っているのだと思っていたが、彼は彼なりに考えて行動を共にしているのだとわかり、楊武は改めて博文へ感謝した。
副室を目の前にし、壁画の話をしようと楊武が口を開く。しかし、何かが崩れる音によって声は遮られた。
「李梓殿、これは一体……」
楊武と博文が振り返ると、三人が崩れた土壁を照らしている。
件の副室より更に奥まった場所にある副室の壁が崩れたようだ。
「崩落でしょうか……。いや、待てよ」
三人の元へ向かうと、壁があった場所にはぽっかりと穴が開いていた。
墓内の壁は土を固めて作られた昔ながらの建築方法であったが、崩落した部分は荒い土が多く、岩も混ざっている。
「この通路を隠すために後から誰かが壁を作っていた?」
足元に散らばった岩を足で転がし、先が見えない通路を照らす。
楊武らが墓内に入る時に使っている横穴同様、簡易的に掘られたと思われる。数歩内部を進むと、何か踏みつけた。
「何か踏みましたね」
声のする方へ振り返ると博文が通路へ入ろうとしているところだった。
楊武は「はい」と答え、自らが踏んだ何かを拾い上げた。
「これは、竹簡ですね」
灯りを近づけ、細く加工された竹に書かれた文字をまじまじと見つめた。
「文字の頭が大きく、末になるにつれて小さくなる。……科斗書の特徴ですね」
実物を見るのは初めてだが、楊武は知識としてその古代文字の存在を知っていた。
盗掘され、何も残っていないと思っていたこの墓から副葬品が現れるとは。それも古代文字で書かれた竹簡の発見となれば、間違いなく研究が進む。
楊武は顔がにやけるのを必死にこらえた。
穴から戻ってこない楊武と博文に、班該らが心配そうな声を上げる。
一度墓内に戻り、拾い上げた竹簡を属官たちに見せた。
「みなさん、大発見ですよ!」
明らかに興奮を抑えきれていない楊武の姿に、英慶宮の三人は目を丸くした。
三人が袖から取り出された木片のようなものを凝視する。興味を示す属官たちの様子に、楊武は更に浮かれて口早に話し始めた。
「これは科斗書と言う古代文字です。副葬品がないと思われていた王墓にまさかの古代文字が書かれた竹簡が見つかるなんて……! これで墓の特定が可能になるやもしれません! 解読には少し時間を要すかもしれませんが、これは大発見です! お三方のおかげです、ありがとうございます!」
矢継ぎ早に話す楊武の姿を、郭屯、班該、顔勒、そして博文は見つめるしかできなかった。
竹簡を顔に近づけては「ああでもない」「こうでもない」と科斗書の推測を始めており、すっかり自分の世界に入り込んでいる。
「李殿?」
班該が声をかけると、我に返った楊武が振り返った。
「みなさん! 此処にある竹簡をすべて拾い上げて今日は撤収です!」
興奮のあまり勢いよく四人の方を振り返ったせいで、楊武は胸元の傷が開いたとか、開いてないとか。
「で、お前はせっかく閉じかけていた傷をまた開かせたと?」
寝台に無理やり寝かしつけられた楊武は、申し訳なさそうに掛布団を引き寄せた。
「お前、博麗に感謝しろよ……」
「面目ないです」
「無論、博文にもな」
「何度もお手数をおかけしてすみません……」
無意識に配慮はしていたのか、楊武は事情を知らない英慶宮の従者三人と別れ、部屋に戻ろうと踵を返した瞬間に意識を失った。
とっさに隣に居た博文が腕を掴んだので怪我はなかったが、博文はまたしても楊武を寝台まで運ぶことになった。
竹簡を発見し、大喜びしていた楊武であったが、案の定、傷が開いており、貧血で倒れたのだ。
元より長居は必要ないと央晧に言われていた通り、一通り墓内を見て帰ってくればそれで外出の記録が李梓の名前で残る手筈だった。
急な発見とは言え、新たに発見された通路を往復し、道中に落ちていた竹簡をすべて回収してきた。
それでなくとも王墓に向かうまでの道のりも獣道が多く、完治しきっていない身体には負担がかかっていたはずだったが、楊武はその久しぶりの外出、久しぶりの調査に身体への負担が全く頭から抜けていた。
「あの三人が大発見でした、と嬉しそうに言ってきたときはでかしたと思ったのにな」
央晧は龍の彫られた定位置に座り、肘をつく。ため息をついて足を組みなおすと、呆れ顔が消え、真剣な表情をしていた。
「とはいえ、武。よくやった」
ほほ笑んだ央晧を見て、楊武は硬直した。
はじめて太子に純粋に褒められた。揶揄われるわけでもない純粋な賞賛に、思わず央晧を凝視した。
「どうした?」
「いえ……。太子に初めて褒められたと思いまして……」
歯に衣着せぬ物言いに、央晧はひくりと口の端を上げた。
「ほぉ~? 余はそれなりにお前を評価していたつもりだったんだがな? 伝わっていたなかったか? 楊師兄?」
「師兄はやめてくださ……! い、いひゃいです~」
「よく伸びる頬だな!」
布団から唯一出ていた無防備な頬を、力一杯引っ張る。央晧の容赦ない抓りに楊武は涙目で訴えていた。
鄭姉弟をよそに攻防を繰り返す二人に、もはや重い空気など無かった。
まるでじゃれあう兄弟のよう――いや、央晧が一方的にじゃれているのだろうか。
博文はこめかみを抑え、博麗は苦笑いを零し、何も言わずに二人を見守っていた。
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