壱―出会いと王墓

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 うんざりとした表情で、央晧はひじ置きに片腕をついた。 「も、申し訳ありません……」  寝台に向かって足を組んで座る央晧と、萎縮し寝台に正座する楊武の姿がうまく対比されていた。 「なぜそこまでくどくどと話す」 「ど、どこからお話しすればよいかわからず……」  しどろもどろに答える楊武の態度に、央晧は苛立ちを覚えたが、ため息として吐き出した。    この部屋は皇族の住まう宮城の一角、皇太子にあてがわれた英慶宮(えいけいきゅう)と呼ばれる宮の一室である。  楊武は央晧と出会った後、手を掴んだまま失神した。仕方なしに、央晧の傍にいた「がたいの良い男」こと鄭 博文(てい はくぶん)が抱え、この部屋まで密かに運び込んだ。  楊武は丸二日間も眠り続けたが、人を匿ったこともない男二人では看病ができるわけもなく、宮女として働く博文の姉を後宮から呼び寄せる始末となった。  皇太子とその側近を振り回したなど知る由もない楊武は、目が覚めるなり見たこともない華美な天井を目にし、蛙を潰したような声を上げて寝台から落ちた。  起きて早々、手当を受けた傷を開かせたのであった。 「まさかお前が例の楊家の四男坊とは」  央晧は顎に手を添え、眉を顰める。  おそるおそる央晧の様子を伺った楊武は、憂いを含んだ表情が幼い姿には不釣り合いだと思った。 「楊家は先日、死体が判別できないので空の棺でお前の葬儀を行ったと聞いている」  央晧から聞かされた事実に驚きと悲しみが同時に訪れる。楊武には、もう居場所が無いと突き付けられた気分だった。 「そうですか」  つむじしか見えないが落胆している楊武の姿に、央晧はかける言葉が見つけられず視線を逸らした。 「しかし、お前の話はよく師父(せんせい)から聞いていたぞ」  央晧は少し弾んだ声で話題を変える。  部屋の隅に控えていた博文は眉一つ動かさず、ただ央晧を見つめていた。 「お前のおかげで、書庫整理から始まるはずだった史料集めが随分短縮されたと聞いた。科挙を目指していたのか?」 「両親からは覚えているなら受けろと言われていたのですが……。正直、受けるつもりはありませんでした……」  幼いながらも重い空気を晴らそうとしたにも関わらず、依然として張りのない声におどおどとした態度の楊武に、幼い央晧はついに癇癪を起した。 「ああもう! 胸を張れ! しゃんとせんか! お前は師父(せんせい)の弟子であろう!?」  龍の繊細な透かし彫りの入った腰掛けが音を立てて倒れた。  博文が傍に駆け寄った。倒れた椅子を元の位置に戻し、央晧に「太子」と声をかける。  肩で息をしていた央晧は博文の方に目を向けると、呼吸を整えて何も言わずに座りなおした。 「お前はつまるところ、兄弟子たちに生かされたのだろう? では生きろ。選択肢などない」  右手をひじ掛けにつき、足を組みなおす。垣間見えた少年のあどけなさはそこにはなく、幼いながらも皇太子としての風格が現れた。 「師父(せんせい)を襲撃した犯人に心当たりはある」 「……!」  勢いよく顔を上げた楊武に、央晧は鋭い目つきで言葉を続ける。 「そいつを失脚に持ち込むには相当な力が必要だ」  楊武は央晧の力強い言葉に息を呑む。 「それにはまず、ある程度の実績が必要だろう」  央晧は立ち上がって楊武に勢いよく指を差し、にやりと笑った。 「まずはお前が余の師父(しふ)となれ、楊武」  傍に控える博文は央晧の言葉に、また胃が痛む日々がやってくるのではと思わず頭を抱えた。  昼下がりの宮中、目を丸くしたまま動かない楊武へ声変わりのしていない笑い声が降り注いだ。
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