壱―出会いと王墓

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 まずは体調を万全にしろ、ついでに身なりを整えろ。  声変わりをしていない少年が、腕を組んでふんぞり返っていた姿を思い出し、楊武は少しばかりげんなりとした。  皇太子・朱 央晧に命を救われてから数日。  開いた傷もほぼ塞がり、完治まであと一歩といったところまできた。  肩から胸元にかけて巻きなおされたばかりの包帯が崩れないようにそっと襟のあわせを正すと、処置をしてくれた女性に感謝を述べた。 「すみません、ありがとうございます」  薬箱を仕舞いながら「こちらこそ」とほほ笑んだ女性は、鄭 博麗(てい はくれい)と言う。  見た目こそ全く似ていないが、正真正銘、央晧の側近・鄭 博文の姉である。  熱を出して丸二日間寝込んだ楊武を看病した女官であり、央晧から楊武の体調が落ち着いた暁には身だしなみも整えるように命令を受けている。 「そろそろ髪を整えましょうか」  世間では死んだことになっている楊武はこの部屋から出られない。 そのうえ足裏の傷が癒えてないこともあり、一日の大半は寝台で過ごしていた。  元々細かった体つきは細さに磨きがかかり、頬はげっそりとこけていた。髪も伸び放題で毛先が右往左往している。  彼がどういった経緯で此処に居るか知らない人間からすると、まったくの不審者である。    博麗が髪を整える道具を取りに一度部屋を出るのを見計い、楊武は寝台へ腕を広げて倒れこんだ。  瞼を閉じれば嫌でもあの日の光景を思い出す。皮膚の焼ける匂いが鼻を通り抜けた気がした。  うっすらと目を開くと、まくれ上がった袖から青白い腕が伸びている。  兄弟たちのような筋力も無ければ体力もない貧相な体には、あちこちに包帯が巻かれていた。その大半は屋敷から逃れた際に負った、火傷だ。  央晧から聞いた話によると、師の屋敷は全焼し、遺体も損傷が激しく、正確な人数の確認ができなかったらしい。  「おそらく三十人以上」と報告がされている燃えかすは、孫師父と兄弟子、そして屋敷の小間使いを合わせた人数だろう。おおよそ孫師父の弟子について知っている人間であれば辻褄があうと思う数だと思う。  しかし、実情を知る人間からすると、まったくもって数が合わない。その屋敷には本来、十数人しか住んでいないのだ。  孫師父の弟子の中には勿論、住み込みで師弟関係を結んでいる者も居る。しかし、家から通っている弟子の方が圧倒的に多い。  かくいう楊武も楊本家の屋敷から通っている一人である。戸籍にも楊家の屋敷住まいであると記載されているはずだ。  あの日を狙ったのは、弟子が全員集まることを、犯人が予め知っていたからだろう。    央晧は犯人に心当たりがあると言っていた。楊武にも一人、思い浮かぶ人物が居た。  次に央晧が部屋を訪れた際、犯人について自分の見解を伝えようと心に決め、寝台から飛び起きた。  しかし、想像していたよりも勢いづいたため、胸元の傷がじくりと痛んだ。  こんなことでまた傷口が開いたら今度こそ太子に呆れられる。  少しばかりの焦りを含みながら、包帯の上から傷口の確認をしていると、博麗が部屋の扉を叩いた。  「どうぞ」と声をかけ、楊武は犯人のことも傷口のことも考えることをやめた。
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