壱―出会いと王墓

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 昼間の出来事を思い出し、楊武は大きくため息をついた。  ため息と共に揺れた髪は、肩につくかつかないかの長さで整えられていた。 「楊武様」  ぼんやりと窓の外を眺めていると、鄭 博麗が夕餉を運んできた。 「やはり、気になりますか?」  無意識に触っていた髪を指摘され、気まずさから視線を泳がせ、やんわりと手を下ろした。  その姿を見て、博麗は伏し目がちに言う。 「太子は……その……幼い頃より、気兼ねなく話ができるご友人が居られませんでした。ですので、あのような言い方に……」 「いえ。太子のおっしゃる通りでした。あの方はお若くてもとてもご聡明です。踏ん切りがつかなかったのは、拙の方です」  膳を受け取り、湯気の立つ粥を匙で掬う。  二、三度、息を吹きかけてから楊武は言葉を続けた。 「太子に助けられなければ死んでいた身で、たかが髪ぐらい、何を躊躇う必要があったのでしょうか」  自嘲した楊武は、続けて言う。 「王氏の失脚云々に関してはなんとも言えませんが……。国史編纂は、できたらやりたいですね」  意思のこもった目が天を仰いだ。  迷いのない真っ直ぐなまなざしが、今はまだ見えない道を見据えていた。 「今日もおいしいです」  数拍の間をおいて、下がりきった目尻の楊武が博麗を見る。柔らかな笑みで謝礼を述べ、一口、また一口と匙を進める。  楊武は、間違いなく生かされていた。    博麗は楊武の食べている姿を横目に、今日一日を思い返していた。  慕っていた孫師父のたった一人の弟子とあってか、央晧は随分と楊武に心を許しているように思える。  幼いながら皇太子と言う立場上、央晧は生まれてからずっと策謀の渦中に居た。  周りに配慮ができる賢明さを持ち合わせているため、子供らしさに欠ける部分も多い。  そんな央晧が自分と弟以外の存在に、猫を被ることもなく「素の央晧」で楊武と話していたのは、少しばかり、いやかなり嬉しかった。  この数日、博麗自身も楊武と日中を共にしているが、孫師父の弟子とあって利口者で、現状をどこまで理解しているかわからないが、空気は読めると察した。  胸中に思うことはあれど、自身の立場も理解している彼のことだ。央晧に不利益をもたらすことはないだろう。博麗は、楊武をそう評価していた。  色々と――特に央晧の行動が――無茶苦茶ではあったが、あの二人のやり取りには肝が冷えるような駆け引きもなかった。  央晧と楊武の相性は存外悪いわけではないかもしれない。  博麗は少しばかり肩の力を抜いて、楊武の食べ終わった膳を引き上げた。
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