0人が本棚に入れています
本棚に追加
事実が呑み込めずにぽかんとしたような、でも半分納得したような感じの武田さん。確認するように私に尋ねる。
『僕は、脳腫瘍みつかって、ここに入院して、抗がん剤うって。良くなったり悪くなったりして。食べれん時もあったけどこの前はチョコも食べたな。でも、悪くなって死んでしもたんか。死んでしもて、でも幽霊みたいになってここにおるんか。だから体軽いんか』
瞳が真剣すぎて怖くなって。私は頷くこともできずに黙り込む。特に最後の『幽霊みたいに』とか『体が軽い』とか聞かれてもわからない。
見つめている瞳もその体も。確かによく見ると向こうが透けて見える。私は幽霊なんて今まで見たことないから、どんなものか知らないけど、一般的によく言う幽霊と状況は合致している。
武田さんは私の言葉を待つように深呼吸して居住まいを正した。だから私も何が正解かわからないけど、必死で言葉を探す。
「すみません、私幽霊とか見たことなくて。なったこともないから軽いとか感覚わからないんですけど、言えるのは昨日の明け方に、武田さんは亡くなりました。家族さんと一緒に退院ということになっているので、病室に戻られても誰もいないです。武田さんは見てたら向こうが透けてるので、もしかして今の武田さんは幽霊かなと思います。でも私霊感とかないんで本物の幽霊かどうかはちょっと…」
言ってることが自分でもわからなくなってきた。でも、ここにいるのはたぶん幽霊で、体と対になるものだとしたらここに今の武田さんの居場所はない。
「あの、だから家族さんと武田さんの体?って言っていいのかわからないですけど、家に帰られてるかと、思い、ます」
あ、しまった。火葬ってもうされてたりしないかな。ご遺体ってすぐ火葬場にいったっけ?それとも家に一度いったかしら?私のおじいちゃんは家にしばらく安置されてたけどあれは家でなくなったから?
しばらく沈黙。武田さんは自分の手や体が透けてることを確かめてみたり、ジャンプしてみて、体が浮きっぱなしになったり、天井にぶつかるくらいジャンプしても頭がすり抜けることを試したり(ほんとにぶつかったと思ってその時はひやっとした。)色々していた。
『そうか。僕は生きられんやったか…』
最後に肩を落としたように遠くを見ながら武田さんがつぶやいた。力なく近くにある待合椅子に座ろうとしてその体は椅子をすり抜けて地面に落ちた。だから椅子の座面から武田さんの肩から上が出ているような格好になった。体育座りのような格好になって頭を抱える。
そんなものすごく落ち込まれたら帰るに帰れない。話しかけようかどうしようか迷っていたら
『今日は何日ね?』
「えっと…8月です。8月19日」
ふうっとため息の音が聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!