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『この前僕の誕生日でな、孫も家族も皆集まってお祝いしてくれたんや。それで孫の誕生日な、9月1日でな。そこまで生きて、次はお寿司でも食べに行こ言うてたんや』
そもそもその時にお寿司食べれるような体になってるかの保証もなかったけどよお。と独り言のように話される。私は横の待合椅子に腰かけて黙って聞く。周りをちらっとみたけどここには私達しかいない。
「そうだったんですね」
『かわいくてなあ。孫は5歳や。そこまではなあ。生きて…生きて…』
普通の人間だったらここで涙が出て、声も震えるところだと思う。でも、武田さんの声は震えてはいるけど乾いたままだった。現実味がなくて涙が出ないのか、はたまた幽霊になるとそもそも涙がでる、という機能がないのか。いや、幽霊だったら涙が、とかいう問題じゃないのは確かだけど。
それでも震える肩をみていたらたまらなくなった。
「ご、ごめんなさい…」
『?』
武田さんは低い位置から突然謝りだした私を見上げる。
話しながら私のほうが泣けてきた。
先生に抗生剤を変えるなど考えるために血液検査した方ががいいのでは、と聞くとその必要はないといわれ。(しないと何の菌がいるかわからないから抗生剤を変える基準がない。)尿路感染を起こしているので、尿バルーンを抜いたほうがいいのではと提案しても、尿量はからないとだめだから抜けない、といわれ。(他の同じ治療を受けていた患者さんはおむつの重さで計っていたからできたと思うのに。)
確かに私と、私が相談した上司の提案したことが受け入れられたこともあったけれど、他の薬剤師もそのほうがいいと思うけど、といったとしても。医師の権力は当たり前だけど絶対的で。ここの先生は話を聞いてくれる方だとは確かに思うけど、それでもノーと言われてしまうと何もできなくなってしまう。
もっと生きたかった。そう思いながら死んでいった患者さんはどれだけいるだろう。そしてその陰でなにもできなかった、もっと何かできたのにと思う医療者もどれだけいるんだろう。でもその多くの苦悩が集まったとしても、実際に命が危険にさらされている一人の患者の苦悩には及ばないのかもしれなかった。
「あの、私、武田さんに生きてほしかったです。治療とか、手が及ばないところも、あったのかも、やっぱりしれないです。あの、あの、本当に、本当に」
『薬剤師さんが謝ることはないよ。』
武田さんは和らいだ表情を見せながら言った。
『そりゃあ、僕まだ60だから孫の成長見たかったし、脳の癌がこんなに早く悪くなるって思うてなかったとこもあるけど。でも、先生は一般的に寿命いうんかな、そういうのはこのくらいって言うてたし。しんどい時は看護師さんに体ふいてもろたり、調子いいときは家族が持ってきたチョコ食べさしてもろたり。先生も親切に色々答えてくれて。薬なに点滴してんのって言ったら薬剤師さん来て説明してくれるし。薬が減ったって言われたときはようなってるんかなって嬉しかったわ。体調悪かったら合わせて薬の説明別の時にしてくれたし。薬変わってなくてもちょこちょこ見に来てくれやったしな。まあ見に来てくれる順位で言ったら看護師さんが一番やったけどな』
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