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第一章 「フラウクロウに磔は似合わない」-2
街の中央広場に着くころ、陽は高く昇り、ますます陽気は暖かさを増していた。普段は風が良く通り涼しげな広場も、こう人が多くては蒸し暑く感じてしまう。
広場で待ちに待った民衆の狂乱の熱気が裁判長一団を迎えた。
中央舞台の前に立ち並んだ重役達は、火刑台にあげられる哀れな男を見送る。
火刑台に縛られたサミュエルは虚ろな目で蒼穹を眺めていた。赤い瞳の深奥に憧憬が映り込んでいる。
そこからは街のシンボルである時計塔が良く見えた。丁度その下あたりは、サミュエルが暮らしていた家があった。
喧騒が突如止んだ。
兵士長が壇上にあがり、街の旗を高々と掲げたのだ。
その有様に、人々は万感の思いを以て口をつぐんだ。皆一斉に十字を切り、哀れにも犠牲となった子羊に祈りをささげた。
この街は、これよりこの男を裁く。
この男一人に蹂躙された街が勝利したのだ。
裁判長が壇上に上がり、民衆を見回した。
「正午の鐘が、その時である」
朗々とした声が響いた。
「諸君、これより悪魔は死ぬ。我々は悪魔に勝利したのだ。これで」
裁判長の脳裏に、勇敢に戦った息子の最期が浮かんだ。
「これで終わりだ」
ゴーン
鐘の音が皆の耳に届いた。
三度、鳴り渡る。
「火を」
兵士が松明を火刑台に積まれた藁に突っ込んだ。
火が藁に移ったのを確認した司祭は、聖書を片手に民衆に向き直る。
「この火は清浄なる火。神の祝福を受けた火。この火によって、悪魔と、悪魔の犠牲となった尊い同朋の魂に清らかな祝福が与えられんことを」
司祭が燃え盛る火を見つめた。広場に吹き込む風が火を猛らせていく。
サミュエルの足が、猛る炎にあぶられる。抵抗の様子無く、ぐっと身に力を入れて焼かれることを甘んじて受け入れている。
叫び声を望んでいた民衆は、それでは満足しない。
「何とか言ってみろ! 俺の妹の嘆きを思い知れ!」
「我慢したって、何にもならないんだからね!」
「痛いってさあ、叫んで見せろよ。熱いってさあ、泣いて見せろよ!」
兵士が手を上げて制止を試みるが、人々は止まらない。
「なあ、おい! お前は散々俺たちの大事なもんの叫び声を聞いたんだろ? だったらお前の叫びを聞かせろよ!」
火はたちまち藁を焼きつくし、やがて火刑台に移り勢いを増していく。
サミュエルの身は端々から火に侵され、耳を澄ますと木材が爆ぜる音に混じってブスブスと皮膚が泡立つ音が聞こえる。
「司祭殿」
裁判長が隣にいる司祭に耳打ちをする。
「やはり、肉が焼けるというのは何度目にしても辛いものですな」
「ええ」
司祭は厳かに頷いた。
「しかし我々は見届けなければなりません。……まあ、私などになれば審問会でこういったことは慣れっこですので、さして何か、ということはありませんなあ」
「おお、そうでしたな。いつも辛いお勤め、ご苦労様です」
「信仰のためと思えば、こそです」
バチッ
その時、火が一際大きくはじけたかと思うと一陣の風が吹いた。広場に溜まった埃が立ち上がり、砂煙となって舞いあがる。
「きゃあっ」
誰かが叫んだ。
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