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第一章 「フラウクロウに磔は似合わない」-4
「さて、僕の火刑も始まったことだし、そろそろ出発するか」
時計台のすぐ近く、今は誰も住んでいないはずのサミュエルの家から出てくるものが居た。
その青年は現在処刑中のサミュエル・J・セイレムと瓜二つの風貌をしていた。
金髪に、鮮やかな赤い虹彩が目を引くが不健康そうな肌をしている。下ろしたての真っ白いシャツに、赤いベストを着ている。腰からは鍵やビンがいくつもぶら下がっていて、体が揺れるたびにカチャカチャと音を立てていた。物騒なことに、小型のボウガンまで揃っている。ベストに合わせたのか、ズボンも赤く染めたものを着用している。足元を見ると、よく磨かれた上等な牛革靴を履いていて、その全てが彼の年齢にふさわしいように見えなかった。
続いて、外套を頭からすっぽり被って人相のわからない少女が一人。
「しかしサミュエル、お前は本当に恐ろしい奴だの。自分の子を異端審問の身代わりに差し出しておいて、何にも思わないのか?」
鈴の鳴りを思わせる、美しい調べのような声だった。
「気持ちの悪いことを言わないでくれ。イゾルデアイト・マリーエンケファー」
「何じゃ、突然本名で呼びおって」
「君があまりに気持ちの悪いことを言うからだよ」
サミュエルはやれやれと肩をすくめた。
「アレはただのホムンクルスだよ? 遺伝情報が同じだけの肉の塊だ。どうして僕の子供という事になるんだい」
「何故ってお前、お前の精子から作ったんではないのか? つまりお前の子供といっても過言ではなかろう」
少女の喋り方はやけに古風だった。しかし耳に心地よい声が、そんなことを忘れさせる。
対して男の声は実に軽薄そうで、浅薄な印象を抱かせた。
「ホムンクルスを? 精子で?」
遠くの方から煙の臭いがした。火刑台に火がついたのだ。家の前の通りは人っ子一人おらず、静寂に満ちていた。遠い賑わいが微かに聞こえるだけだ。
「馬鹿を言うんじゃない。あれはパルケルススのやり方だろ。僕の作り方はそんな野蛮でもないし、もっと確実性に富んだ手順を踏んでいるんだ」
ムン、と胸を張る男。
「僕はサミュエル・J・セイレムだ。誰もが羨む、稀代の大天才さ。学会でフラウクロウと仇名された謂れを忘れたかい? ルデア」
「はいはい。わかったわかった」
「おっと、これは一から説明する必要があるね。いいかい……」
少女は慌てて両手を振った。
「もう、時間ないんじゃろ。話なら向こうについてからいくらでも聞いてやるゆえな!」
窘められ、サミュエルは肩を落とした。
「じゃあ、家に入ろう」
「なんで!?」
今でてきたばかりの扉をもう一度くぐった彼に、ルデアは鋭い突っ込みを入れた。
「なんでって……。向こうに行くためには地下室の魔法陣を使わないといけないからに決まってるじゃん。五年前にホムンクルスを送り込んだときも同じ手順を使ったじゃないか」
「なら無意味に屋外に出るでない! お前は一応火刑に処されている真っ最中なのだぞ!」
「いや、なんとなく……」
「はぁっ……。」
恍けた返事にルデアは絶句した。
これが天才故に学会を追われ、ついには魔女裁判にかけられる程大それた男の言動とはとても思えなかった。
「ま、最後に太陽を拝んでおいても罰は当たらないかなって。無いんでしょ? 向こうに太陽」
「そうじゃが……」
人差し指をツンツンして、ルデアは玄関先で立ち止まった。
「あたしを城まで送ってくれる約束を忘れられたと思ったではないか……」
「ほら、いいから戸を閉めてよ。誰かに見つかっちゃったらまずいんだから。ただでさえこの街は騎士団あがりの司祭のせいで滅茶苦茶なんだから」
サミュエルはニコニコして手招きをする。
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