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第一章 「フラウクロウに磔は似合わない」-5
部屋は至って普通の民家だ。台所があり、食事をするテーブルがあり、食糧庫があり、水瓶がある。整理整頓の行き届いた家具の少ない質素な家だ。
「なんじゃい小僧! それはあたしの台詞じゃろうが!」
ぷんぷんと、音が聞こえてきそうなほどに肩をいからせて、彼女はサミュエルの後に続いて地下室に降りた。
「やあフォロス。調子はどうだい」
「やあご主人。調子はいいよ」
地下には一人のホムンクルスが居た。その赤い目と金髪はサミュエルに瓜二つだ。同じ服を着たら、その見分けは誰にもつけられないと思われた。
地下室は何本かの蝋燭で明るさを保っていた。揺れる火に照らされて、無造作に積み上げられた数々の蔵書が浮かび上がる。ほかにも、妖しい呪いの面や、明らかに呪具の類と見られる刀剣類など、洋の東西を選ばず乱雑に置かれていた。
棚にはいくつか木製のケージがあり、鼠が五匹ずつ入っている。
「あたしゃ、お前の研究に口を出さないと約束したけどね、どうにもこの景色は慣れないよ」
少女は外套を脱いで小脇に抱えた。
「僕は君の美しさにいつも慣れないけどね」
サミュエルがそう茶化した。
「馬鹿を言うではない。恥ずかしいではないか」
確かに、ルデアという少女の容姿は美しかった。地下のほのかな灯りの中でも眩いほどに光る金髪。その一本一本は細く繊細な仕上がりの絹糸のように滑らかで、思わず触りたくなるほどだ。肩ほどまであるかという髪がなでるのは、白くきめの細やかな肌に、燃えるルビーのように妖しく光る虹彩。長い金の睫毛が動くたび、職人の手で精巧に仕上げた宝石のように見る者の視線を奪う。精巧な陶人形のように整い、しかし目鼻立ちは少女というには色気が漂い、大人というにはあどけなさが残る印象を与える。男ならば一目ぼれ、女ならば嫉妬にかられる、と人を狂わす魅力があった。
着ているものは工夫のない羊毛のワンピースであるが、その子供らしい服装がより見る人の心をざわつかせて止まない。袖から覗く白い四肢から推察するに、普通の少女より繊細と見られたが意外と力はあるらしく、彼女は身丈の半分ほどある大きなトランクを楽々と提げた。
「お前の荷物はこれだけか?」
「そうだね。あとは着替えるだけだ。さ、フォロス。手伝ってくれ」
「お安い御用さ」
一礼すると、フォロスは古ぼけた衣類棚から一着のスーツを取り出した。
「よくそんな真っ赤な布が用意できたのう。趣味が悪いぞ」
「これには意味があるの~」
「意味があっても、悪趣味は悪趣味じゃ」
「うるさいなあ」
襟を整えたあと、サミュエルはデスクの下からレザーケースを取り出した。三つの錠前で厳重に閉ざされた箱は一種独特な雰囲気を醸し出していた。
「それはなんじゃ?」
サミュエルは腰から錠提げを取り出し、その封印を解いた。
「これはね~」
鼻歌混じりで取り出したのは、奇妙なデザインのマスクだった。
「秘密兵器その一、だよ」
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