第一章 「フラウクロウに磔は似合わない」-1

1/1
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ

第一章 「フラウクロウに磔は似合わない」-1

 木槌が振るわれ、カツーン、と場内に響き渡った。 「被告、サミュエル・J・セイレムは異端審問の結果、悪魔の使いとし、火刑に処す」  一堂に安堵のため息が響き渡る。会場の端々から、追い打ちをかけるように罵倒の声があがった。  時代は魔女裁判全盛の頃。彼は無謀にもこう宣言した。 『魔界はある。僕はそこに行く』  学会でそう宣言し、以来神の意志に背く残虐な実験を繰り返した極悪人は今、裁かれる。     フラウ・クロウ 「学会荒らしの赤いカラス」  それが彼に贈られた諱だ。  そして彼は喜んでその名を口にし、偉い学者たちをせせら嗤った。 『いいじゃないか。頭の固い連中にしては洒落た名前を思いついたもんだ』  「魔界宣言」のみならず、最先端の医療技術と称して、教会の教えに背く呪いを広げようとした罪で、彼はまず都を追われた。そして流れ着いたこの街でも彼の残忍さは衰えを知らず、ついにこの街で捕えられ、火刑に処すことが決まったのである。 「さあ、諸君。処刑は早速執り行われるぞ。平和を乱した反乱者に死をもたらそうではないか」  裁判長が木槌を高々と振り上げ、聴衆がそれに呼応する。 「悪逆非道!」 「赤ん坊を返せ!」 「大反逆者に死を!」  法廷に次々と投げ込まれるビンや十字架。紐でつながれた男に、次々と当たる。その紐を持った兵士が舌を鳴らし、男を促した。 「行くぞ。歩け」  ズルリ、ズルリと足を引きずる男の体は数々の拷問を受けたと見え、惨い傷が無数についていた。骨と皮だけになった痩躯は今にも風に散ってしまいそうだ。  しかし、彼の風体に同情するものは誰もいない。  裁判長を先頭に、司祭、町議会の議員、医者、兵士長と街の重要人物が揃って裁判所を後にする。サミュエルは数人の兵士に取り囲まれながら行列の最後に続いた。 「先生に感謝を!」 「悪魔の手先は滅んだ!」 「この街に平和をありがとう!」  先頭を行く彼らには賞賛を。 「地獄へ落ちろ!」 「悪魔め!」 「平和を返せ!」  極刑の罪人には石を。  一つの石がサミュエルの後頭部に当たった。たちまち、長い髪から滴り落ちる鮮明な血。 もとは鮮やかな金髪だったが、長い審問会の結果、薄汚れた赤毛に成り果てていた。異端に堕ちる前の彼を知っている者たちは、その姿を見て義憤と安堵の感情で満たされていた。 「おい、見ろよ! 俺の投げた石が当たったぜ。血をだらだら出しやがって畜生! 俺の妹を返せ!」  青年は嬉しそうに隣にいた少年の肩を抱いて飛び跳ねた。彼らは兄弟で、これから婿探しを始めようという年頃の妹が犠牲になったのはこの場にいる誰もが知ることだった。 「おい! 気持ちはわかるが皆石を投げるな! 俺に当たったらどうする!」  紐を引いていた兵士が叫んだ。 「名誉な石だ、我慢しな!」  太り気味の女性が囃し立て、その一角から笑いが起きる。  鮮血も、暴力も、この街、この場では一級の娯楽と成り果てていた。  空は何か月かぶりに青く澄んでいる。麦の収穫は散々だったが、人々の笑顔は一段と晴れやかだった。 「今日は風もないし、火も良く上がるだろう」  誰かが感慨深げに呟いた。  この日は奇しくも、サミュエルが生誕した第七月の十四日だった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!