完成

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完成

「……ふぅ。んん〜〜っ、長かったけどあっという間だったなぁ」 画面から上体を反らし大きく伸びをした。このところずっとパソコン前に座りっぱなしで運動不足だった。伸びを止めると腰のベルトに乗っかる、ほんの少し腹回りが厚くなったのを実感する。 「百物語、完成したけど……特になんにもないな」 それは江戸時代に流行した催し。日が暮れてから数人で集まり、蝋燭の灯る部屋で1人ずつ順に怪談話を披露する。1話話したら蝋燭の火1つ消す。それを100回繰り返す。最後に近づくにつれて物音や見知らぬ人の声が聞こえてきて、100話話終えると世にも恐ろしいことが起きる……と言われている。 「まぁ、俺ひとりでやってるし、それに蝋燭も消してないしな……形式が大事なんだろう」 とはいえ、暗い部屋で独り言を言いながらモニターの青白い光に照らされている俺は、傍から見たら酷く不気味に映るだろう。 「百物語を終えて現れたのは、電源の落ちた画面に写った疲労困憊の男の顔だった!……なんてね」 疲れと眠気が生み出した渾身の洒落も、他人がいなけりゃ面白いかどうかすら分からない。一人暮らしで夜な夜な怪談作ってる男のなんと寂しい日常だろうか。 「今日はもう寝るか」 シャットダウンして、椅子の背後に敷かれた布団に倒れ込む。 百物語完成という1つの目標を終えて全身が弛緩する。俺はあっさり眠りに落ちた。 その日は久しぶりに夢を見た。 それもはっきり記憶に残る明晰夢を。 夢で俺は本棚に四方を囲まれた自分の部屋に座っていた。他にも暗くて顔がよく判別できないが9人の人間があぐらや体操座りや正座で、俺と一緒に円を作って床に座っていた。正直かなり窮屈だった。 そしてそれぞれの目の前には10本の蝋燭が灯っていた。それはいくら燃えても蝋を垂らさない不思議な蝋燭だ。 その橙の明かりが集まりドーム状に俺らを照らした。 そして合図もなしに俺から順に怪談を話した。 俺は女が真っ直ぐ向かってくる悪夢の話をした。夢の中で夢の話をするのはおかしな感じがした。 慣れない1人語りを終えたら、自然と1本、ロウソクの火を吹き消していた。 次は俺の左どなりの人が口を開いた。 彼はある女が出会った触れて会話もできる幽霊の話をした。 蝋燭が1本消されてその左、次の人は小学校のプールに出現する桜の話。 ――夢の中で俺は気づいていた。 彼らが話す怪談は全部俺が考えた話だと。それもそのはずで、この夢は俺の頭の中で進行しているものだから、内容も脳のどこかに記録されたものしか無いはずだ。 しかし改めて自分の怪談を耳にするのは、こう変にむず痒い感じがした。 そうして10人目が話し蝋燭の火も10本消えた。 1周したところで俺は目が覚めた。 鮮明に残る夢の出来事。 でもまだ布団から出たくなくてゴロゴロしていた。しかし枕元のスマホがうるさくアラームを鳴らすので仕方なく音を止めて体を起こした。 目を擦り首を回す。 その時、部屋の中央にあるものを見つけた。 それは円を描く火の消えた10本の蝋燭だった。 「なんで、え、あれ?」 昨夜の明晰夢が本当に夢だったのか、それとも現実だったのか区別が付かなくなるような部屋の情景。 そもそも俺の部屋に蝋燭なんてない。 侵入者を疑ったが窓からドアに床天井まで細かく見てもそんな形跡はない。財布も貴重品も無事だった。 じゃあやっぱり自分で蝋燭を置いたとしか考えられない。この家には俺しか住んでいないんだから。 ホラー映画も心霊写真も怪談話も平気だか、実際身に起きる現象は初めてだった。身体の芯から少しずつ温度が無くなっていった。 蝋燭はほぼ新品だったが、即座にゴミ箱行きにした。  その日は仕事があったが、全然集中出来なかった。6時間は寝たはずなのに眠気と怠さが抜けなかった。  夜遅くまで仕事で、帰宅してすぐに眠りについた。着替えもせず、風呂は翌朝にした。  また夢を見た。  昨日と同じ、俺の部屋に10人が集まって蝋燭を囲んで円形に座り込んだ。  昨日の続きだ。2週目の最初はまた俺からだ。  戦後の田舎で自然と遊ぶ子供の体験話を話した。 ……ゆっくり過ぎる夢の時間。  明晰夢のはずなのに意志と関係なく身体が勝手に動く。まるで全てが決められているかのように。  10人が話しきるのに2時間くらいかかった気がした。  そうして1周して、目が覚めた。  起きるとまたもや部屋の中心には蝋燭が10本立っていた。  俺は何となくこの夢の法則、流れがわかった。  翌日もその翌日も、全く同じ現象が数日間続いた。  俺の予想通りだった。だから覚悟を決めた。  ついに10日目。  俺はこの日1晩寝ないと決めていた。  夢の中で俺は見知らぬ誰かと己が作り出した百物語を語っている。しかも今度は正式なやり方で。  そして朝になると脳の作る幻なはずの蝋燭が出現している。  俺は百物語を完成させたとき既に"よくないもの"に憑かれているんだろう。  ならば抗うしかない。  怪談が10週目、つまり100話になるのが今日だから、今日さえ乗り切ればこの呪いのような夢からも解放されるに違いない。  ブラックコーヒーを買い込んでいつでも飲めるように数本手元に置いた。そしてパソコンで動画漁りを始めた。耳にはヘッドホンをしてある。  とにかく気を紛らわせて眠気と怪異を遠ざける作戦だ。 ――――順調に時計の針は進んでいった。  0時……1時……2時……と何事もない。  むしろ段々強くなる眠気との闘いが辛くなってきた。  ここまで来て寝落ちは避けたいからコーヒーを追加する。  そして3時に迫った頃。  ずっと我慢していたが、飲み過ぎたせいでさすがにトイレに行きたくなった。  これ以上は無理と判断して、ヘッドホンを外してトイレに向かう。  席を立つと同時に身体を反転させた時、さっきまで意識してなかった背後の空間が目に入る。  今の今まで点いていた部屋の明かりがふっと消えた。  暗闇に、この9日間毎日置かれていたのと同じ位置に10本の蝋燭の火が浮かび上がった。そしてその周りを9人の人が囲んで座っていた。 「い、い、つのまに……」  防げなかったことより、パソコンに集中する俺の真後ろに気付かぬうちに集まりセットされた百物語会。  空いているのは夢の中で俺が座っていた位置だけだった。  ゴォウっと蝋燭の火が大きく燃え上がった。これまでずっと暗くて見えなかった、参加者全員の顔が目鼻立ちまでくっきり視認できた。  9人全員俺の顔だった。  次々と何も触れていないのに炎は掻き消えていく。円形並ぶ俺の顔は再び闇に溶けていく。  そして、最後の1本。  俺の定位置の1本だけが灯っていた。 「最後の1話を話せ、ってことか……」  つぅーと額から口際まで汗が伝った。  硬直していた俺は深呼吸をして、空席を埋めに行った。  どっしり、あぐらをかくと目に力を入れて話始めた。 「……これは、1人で百物語を完成させようとした男の話なんですが、この男、毎日毎日部屋に籠っては怪談ばっかり作ってたんです。人と会う機会は減り、友人からも見放され、家族とも連絡を取らず、たまにバイトに行くだけであとは怪談作り。そのせいで段々と、精神を病んでしまって。でも本人には自覚がないんですよ。何しろ常に怪異と向き合い怪奇を生み出そうとしてる訳ですから、何が正常で何が異常なのか区別がつかなくなってくるわけです。次第にバイトすら行かなくなり、一人暮らしなので完全に外部と繋がりを絶ってしまいました……」 「……その男がどうなったかって? 男は今でも怪談を作ってますよ。納得のいく百物語ができるまで、自分自身と議論しながら、いつまでもいつまでも……」 「だけど、男は最初から間違えていたんです。百物語にはちゃんとしたルールがある。蝋燭を用意するとか必ず夜にやるとか、色々あるけど1番重要なことを犯していました」 「……百物語は決して、ひとりぼっちでやってはいけないんです」  ふぅ、最後の蝋燭が消えた。
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