ツーショット

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ツーショット

 今日は、高校の卒業式。  僕は、童顔なだけに、同級生の男子からも女子からも、『弟』的な存在として、みんなから「弟く~ん♪」なんて呼ばれ、とても可愛いがられ、それなりに、楽しい高校生活を送らせてもらえた。  女子からは『男』として、恋愛の対象には、してもらえなかったけれど……。  高校生活最後の日。  女っ気のなかった僕だけど、憧れのマドンナとは、せめて……、せめて一枚だけでいいから、記念に、ツーショット写真を撮ってもらいたいなと思っていた。  僕は、そんな思いで、バイト代をコツコツと()め、高校生活最後の思い出、最高の一枚のために、とても高性能の高価なカメラを購入した。  もちろん、高校卒業後の趣味を、カメラにするという心積もりもあっての購入なので、これからいろんなシーンを、このカメラで撮っていきたいと思っている。  でも、その前に、マドンナとのツーショットだ!  僕と同じく、卒業式の日、彼女とツーショットを撮りたいと思っている男子は、わんさかいるのは分かっていた。  なので、彼女も、次から次へと、ひっきりなしに写真撮影対応だろうから、パッと声を掛けて、パッと撮ってもらうぐらいのチャンスしかないのは、目に見えていた。  僕は、購入した高価なカメラを、写真部のカメラヲタクの親友に預け、卒業式までに使いこなし、慣れてもらって、最高の一枚を撮ってもらうことになっていた。 「どう?」 「バッチリだよ! このカメラ、使いこなせるようになってるから、今日は任せといて!」 「バッテリーも大丈夫?」 「もちろん、OKです!」 「ありがとう!」 「彼女のいい表情を、スカッとクリアに、最高のツーショットを撮ってみせるぜ!」 「頼むぜ、カメラヲタク!」 「ガッテンだ!」  そんなことを言いながら、グラウンドを見てみると、案の定、彼女とのツーショット写真撮影会っぽい人混みが出来ていた。  次から次へと流れ作業的に撮っている様子だったが、彼女は、笑顔を絶やすことなく、一人一人と握手と一言(ひとこと)を交わし、さよならをしていた。  学校のマドンナ。  その人気ぶりは、まさに、アイドルの握手会や撮影会のようだった。  僕たちも急がねば!  僕たちもその列に並び、順番を待っていると、彼女の彼氏が大学生で、正門前に、車で迎えに来ているらしいとの情報が流れた。 「こうなってくると、『念のために、もう一枚!』、ってお願い出来なくなっちゃうな~」  列に並んでいると、そういう声が、そこかしこから、聞こえて来た。 「まさに、一発勝負だから、頼むよ!」 「大丈夫! 任せて!」  僕たちの順番になった。 「僕と、ツーショット写真、お願い出来ますか?」 「もちろん、喜んで! こちらこそ、よろしくお願いします!」  天使だ!   高校三年間、クラスが一緒になったこともなく、接点もなく、一度も話したことのない僕にも、笑顔で(こた)えてくれた!  マドンナとの、最初で最後の会話。僕は、その空気感を()()めるように、彼女の横に並んだ。  ドキドキだった! 「じゃ、撮りますね~! あ、もうちょっと、寄って下さ~い!」  親友が気を()かせて、彼女との間を詰めてくれた。  彼女の右肩と僕の左肩が、かすかに、触れた!  もう、心臓がバックバクで、口から飛び出そうだった! 自分の顔が、真っ赤っかになっているのが、容易に想像出来た! 「はい、撮りま~す! ハイ、ポーズ♪」  ー カシャッ! ー 「ありがと~♪」 「こちらこそ、ありがとうございます!」 「『弟くん』だよね!」 「えッ! 僕のこと、知ってくれてたんですか?!」 「もちろん! 『弟くん』、可愛いねって、有名人だもん! 最後に話せてよかったよ~♪ 卒業しても、頑張ろうね!」 「うん!」 「元気でね♪」 「元気で♪」  彼女は、笑顔で、僕に右手を差し出し、握手してくれた!  小さな可愛い手だった。  僕は、憧れのマドンナの手を握っていると思うと、うれしさと恥ずかしさとが相まって、目の前にいる彼女の顔を、ちゃんと見れなかった。 「じゃ、お願いしま~す!」 「は~い♪」  彼女は、「バイバイ!」、と僕に手を振り、次の男子とのツーショットに対応した。  僕の高校生活が終わった。  触れた肩。可愛い手。最初で最後の、彼女との会話。そして、僕のことを、憧れのマドンナが知ってくれていたという事実!  僕は、たった今、起こったばかりの、その一つ一つを、噛み締めるように、目を閉じた。  胸が熱くなった。  高校生活に、もう、思い残すことはなかった。  僕は、目を開け、親友にお礼を言った。 「ありがとうな!」 「いえいえ、どういたしまして! やっぱ、みんなから憧れられるマドンナだけあって、いい子だったね♪」 「そだね~♪」 「バッチリ、彼女のいい表情! この高感度のカメラで、クリアに、二人とも笑顔の写真、撮れてるよ!」 「ありがとう!」  その後、僕たちは、時間の許す限り、友達たちや先生方と、写真を撮りまくり、別れを()しんだ。  僕とカメラヲタクの親友は、帰りに、カメラ屋さんに寄ることにした。  友達たちや先生方と撮った写真は、家のプリンターで、ボチボチとプリントアウトするつもりだった。  が、マドンナとのツーショット写真だけは、カメラ屋さんで、どデカくプリントアウトしてもらって、額に入れて飾るつもりだったからだ。 「はい、どデカいの、出来上がりました~!」 「ありがとうございま~す!」 「どう、俺のフォトテクニック! 高性能な高感度の高価なカメラを見事に使いこなし、バッチリ、彼女のいい表情、細部まで、スカッとクリアに、撮れてるでしょ?!」 「撮れてるッ! 撮れてるッ! スゴイッ! ありがとう~ッ!」 「いやいや、礼には及ばんよ! こちらこそ、俺を信頼して、高いカメラを預けてくれて、使わせてくれて、ありがとよ! カメラヲタク(だましい)に火が()いちゃって、究極の一枚を、一発勝負で撮ることが出来たよ♪」 「と、と……、撮ることが出来過ぎちゃって……」 「えっ、どうした?!」 「か、か……、彼女の~……、目くそ、鼻くそ、歯くそ、耳くそまで、スカッとクリアに写っちゃってるよ!」 「ニャーーーッッッ!!!」  無理して、高価なカメラを買うこともなかったんだと、今、気づいた……。
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