星降る夜に凛と響く

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 ぱた、ぱた、ぱた。  乾いた土を叩く軽い足音が静かな曇り空にこだまする。草履は擦り切れ、白く細い脚に浮かぶ無数の切り傷が生々しい。  さく、さく、さく。  枯れ草を踏みつける。かつては緑の生い茂る草原だったのであろうこの地も、今は遠くの山々に至るまで土と岩で覆われている。  ぱた、ぱた、ぱた。  錆びついた戦闘車輌を左に見る。履帯は切れて地面に落ち、車体と分かたれた砲塔は断末魔を上げたかのように天を向いている。  さく、さく、さく。  彼岸花をあしらった瑠璃色の着物が冷たい風に揺られる。裾は薄汚く黄土に染まり、赤銅色の帯は結びが解けていていつ落ちても不思議ではない。  ぱた、ぱた、ぱた。  右手には血のように紅い唐傘。閉じていても小さな穴や焼け焦げの跡がいくつも見え、とても雨を凌げる代物とは思えない。  さく、さく、さく。  鳶色の瞳は、何も見ていないかのように暗い。青みのかった黒髪が肩口で風にたなびく。薄い唇は固く閉じられ、こけた頬には血の気がない。あどけなさの残る顔立ちと五尺に届かない背丈も相まって、総じて少女の姿は弱々しく見えた。  ――ぱた。少女の足が止まる。  着物を翻し、脇を通り過ぎたばかりの戦闘車輌の残骸に唐傘の先を向ける。先ほどまでの緩慢な歩みとは裏腹に、その動きは俊敏だった。 「さん」  少女が呟く。低くもあり、高くもあるその声は、極めて小さいにもかかわらず確かに空気を震わせる。 「にぃ」  また呟く。戦闘車輌は完全に破壊されており、動き出す気配は微塵もない。しかし少女はそこに何かがいると確信しているように錆びた鉄屑を見つめている。 「い――」 「待った!」  そして、少女は正しかった。少女が最後の数を呟き終わる前に、少年が一人、車輌の陰から姿を現す。高く挙げた両手は降参のしるしか。  鶯色の簡素な着物に身を包む少年の体躯はひょろりと細く、鍛錬を積んだ様子はない。片眼鏡をかけたその顔はいくらか幼くも思えるが、後ろで一つに細くまとめられた長い髪は灰のように白い。 「殺さないでくれ、敵意はない」  懇願する少年に、しかし緊張はみられない。むしろ、この状況を楽しんでいるかのようにその声は弾んでいた。 「……」  少女は一瞬だけ逡巡するように曇った空を見上げてから、少年に向けていた唐傘を再び戦闘車輌に向ける。そして、 「うわぁっ!!」  ――発砲した。  銃声とほとんど同時に割れるような鋭い金属音が鳴り響く。唐傘の先端から発射された弾丸が錆びた車体を貫いたのだ。大きく開いた弾痕から煙が立ち昇る。  少年は驚いて尻餅こそついたものの、怯えるどころかむしろ面白いものを見たとでも言わんばかりの笑顔を浮かべた。 「すっげぇや……本当にいたんだなぁ……」  唐傘を下ろした少女が少年にゆっくりと近づき、暗い瞳で彼を見下ろす。その表情は少年とは対照に何の感情もみせていない。 「僕はユウ。君は?」  少年が語りかけても、少女は口を閉ざしたままだった。しかし少年は「まあ、そうだよな」と立ち上がり、明るく言う。 「名前がないなら、そうだな……リンって呼んでいい?」  無邪気な漆黒の瞳に見つめられて、少女はわずかに首をかしげる。 「リン……」  繰り返したそれが、たった今から彼女の名前になった。
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