星降る夜に凛と響く

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「ほら、入って入って」  開けた扉の前で立ち止まるリンの背中をユウが押す。警戒を解いたリンはしかしその場から動こうとしなかったので、ユウは彼女の手を引っ張って自分の家まで連れてきたのだった。  ユウの家の中は雑然としていた。古びた木製の机には所狭しと工具が置かれ、それは床や壁にも及んでいる。本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、こちらもやはり棚だけでは足りず床にも積み重ねられている。空気にはわずかに硝煙の匂いが混ざっているが、部屋に窓はなく換気をするつもりはないようだ。  照明になるものは天井に浮かぶたった一つの天灯のみだが、室内はその割に合わず明るい。天灯には奇怪な円状の模様が描かれており、灯りとは別に鈍く橙に光っている。背もたれのない木の椅子に座らされたリンは、不思議がるようにそれを見つめる。 「簡単な陽の(いん)だよ」  そう言いながら、ユウは水を汲んだ椀をリンに渡す。リンはそれを片手で静かに受け取り、鼻に近づけて少し匂いを嗅ぎ、それから口をつけてゆっくりと飲んだ。唐傘を手放すつもりはないようだった。 「へぇ、毒を気にするんだ。死んでるのに」  その一挙手一投足を、ユウは帳面に書き記していく。 「幽屍(ゆうし)部隊の残党が今も彷徨っている……。正直ただの噂だと思ってたけど、それでも信じて根気良く探した甲斐があったよ」  リンは何も言わない。椀を片手で優雅に持ち、瞳は虚空を見つめている。 「つれないなぁ。主人の話じゃないと聞かないかい?」  初めて、リンが反応らしい反応をみせた。その美しい姿勢は崩さずに、首だけを素早くユウに向ける。それを見たユウはただでさえ笑みのこぼれて止まらない顔にさらに笑みを重ねる。 「やっぱり、探しているんだね?」  リンは答えない。最初から期待もしていなかったのか、ユウは筆を持ったままの手を振り、自分に言い聞かせるように呟く。 「いや、急ぐことはないさ。本物の幽屍が見つかっただけで僕は嬉しいよ」  ユウは筆を置いて帳から紙を一枚ちぎり、リンに近づきその手から椀を取り上げ、「少し失礼するよ」と胸元に手を伸ばして着物を少しだけはだせさせる。劣情を催したのではない。彼が見たかったのはその薄い胸の中央だ。  ――彼女の胸元には、毒々しい赤の光を放つ複雑怪奇な円状の模様が刻まれていた。 「はは、これは……とんでもないな」  ユウがその模様に紙を押し当てると、一瞬焼け焦げるような音がした。再び胸から離れた紙には、黒い模様の跡が鮮明に写し取られていた。それを眺めながら、ユウはうっとりと溜め息をつく。 「禁術が聞いて呆れるよ。誰が作れるんだ、こんな印」  思い出したようにリンの着物を丁寧に直してから、ユウはまた机に戻って書き物を始める。その姿を、リンはただ無言で眺めていた。 
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