ケチな泥棒組織

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ケチな泥棒組織

 俺は裏社会の一員。所属する組織には様々な仕事がある。麻薬取引、売春、暗殺、裏金融など表沙汰には決してできない仕事ばかり扱っている。そんな多様な仕事がある組織の中で俺は末端に過ぎない。テレビドラマや映画を見れば暗殺あたりはかっこいいと思う人はいるかもしれない。一種の花形と思うかもしれない。だが、俺が扱っている仕事はもっとケチな仕事だ。それは泥棒である。  泥棒と言うと『怪盗ルパン』みたいに高価な美術品でも盗むかと思えば、そうではない。もっと安っぽいものだ。俺が所属している組織では、まずボスと何を盗むか議論するところから始まる。  「ボス、この間セキュリティの甘い銀行を見つけました。そこを狙いましょう」  「ボス、一人暮らしで一人で経営している宝石店があります。それも数十億円単位です。店主は老人。自殺に見せかけて暗殺すればイチコロです」  「ボス、収入に似合わないただの中小企業の平社員が見栄を張ってフェラーリを買った奴がいます。そいつの車を盗ましょう」  だがボスはそのような案を採用することは滅多にない。彼は慎重派でリスクを負うような仕事はやらない。確実にうまくいきそうな前例踏襲型だ。  「バカ野郎。今時、銀行強盗など危険なことぐらいわかっているだろう。いくらセキュリティーが甘いからと言っても警察にかかればすぐにバレる。宝石店だって同じことだ。我々の組織に暗殺する部門はあるが、それは上からの許可がないとできない。宝石店ぐらいでは認めないことぐらいわかっているだろう。フェラーリなんてどうやって盗む気だ。乗り逃げするところまでは、うまくいくだろうが現在は監視社会だ。至るところに防犯カメラがある。どうやって警察にバレずに逃げる気だ。俺たちの役目は金額が小さくても安全を第一として数多くの資金源を上の組織へ上納することだ。そんなことではいかん」  そんなふうにボスから一蹴される。石橋を何度も叩いて渡るボスの安全志向から会議は繰り返される。結局のところ愛人宅へ向かうオーナー企業の社長の財布を盗むことで決着する。  俺の組織は幸いにも情報戦には長けている。数多くいるオーナー社長の愛人宅を調べることなど、たやすいことだ。オーナー社長と愛人宅を調べるだけでは不十分だ。肝心なのは、どこで財布を盗むかである。そのため、組織はオーナー社長が愛人宅へ行く日付、どこからどこまで車で運転するパターンなど大量に調べてデータとして残していく。泥棒をするにも社長の動きを分析する必要がある。  だが分析するだけではダメだ。確実に社長が愛人宅へ通う日付と車で運転する道順など知る必要がある。そこで組織から美人で優秀な女を社長の秘書として潜入させていた。美人な秘書なら彼女を社長の愛人にすればいいと思うかもしれない。組織の一員だ。我々の組織の秘密が知れ渡る恐れもある。だから口が堅く愛人にさせないようにうまいこと駆引きができる女を社長の元へ送る。女は社長室に盗聴器を仕掛けて、社長がいつ愛人宅へ行くか蛇ごとく眼を光らせていた。社長が愛人宅へ行く日がわかれば組織へ連絡が来る。  そこで我々は今まで社長が車で愛人宅へ向かった道順と照らし合わせながら俺はボスと打合せをした。  「ボス、この社長はワンパターンですぜ。今回もこんな分かりやすい道順で愛人宅まで行くでしょう」  「そうだな。狙う場所ならここが適当だろう。小さな細道で人気も少ない。見つかる心配もほとんどない。おまけに夜に向かうから好都合だ。念のために聞くが細道の周りに防犯カメラはないだろうな?一台でもあれば我々は終わりなのだぞ」  「それは抜かりもありません。内の組織は情報に関してはピカ一です。一台たりともカメラはありません」  「よし、それでは決行するぞ」  社長が仕事を終えたら美人秘書から連絡が来る。  「社長が退社しました。今から愛人宅へ向かいます。今日もその話を盗聴しましたので間違いありません」  ここまで下調べして初めて計画が実現される。犯行現場となる細道では社長は必ずと言っていいほど赤信号に遭遇して止まる。それは今までのデータで赤信号が無かった日はないほどだ。秘書によれば仕事をするときは秒単位で正確にスケジュールをこなす。出社する時間、会議をする時間、取引先と打合せをする時間など秒単位できっちりだと言う。社長の体内には、寸分違わぬ時計があるのではないかと疑うほどだと言う。それが細道の赤信号に毎回出会うのも何かの運命であるように感じる。  計画が実行されるときは組織の車が細道の信号が赤になる前に一早く止まっている。それは俺の役目だ。組織の車の後ろに社長の車が来たのを見図ったら事故を装う。事故とは言っても警察沙汰になってはいけない。車のタイヤがパンクさせる程度でいい。社長の車が後ろに来たとき、それを実行した。  パンクの音が大きいのに社長は驚いて運転席から出てきた。  「どうしました?」  「なんでもありません。ちょっとパンクを起こしたようです」  「それはお気の毒に……。パンクなら私も何回か経験しています。お手伝いしましょうか?」  「それなら大丈夫です。車に同席している奴は自動車整備士でしてパンクなど日常茶飯事見ています。予備のタイヤがあるので、すぐに取り替えられます」  そこで自動車整備士と言われた俺の車に乗っているスリ担当が社長の財布を不自然なく盗んだ。秘書から社長はスーツの左側のポケットに入れると言う報告を毎日聞いている。だから容易に盗めた。スリ担当は、少年のときから万引きを繰り返した。それが大人になった今でもこんな形で役に立っている。  細道と言えでも目撃者も三十人ほどいる。それは組織が放った刺客で組織の人間だ。万が一、社長とトラブルになったら警察が来る恐れもある。そのために対策だ。対策と言っても喧嘩の仲裁をさせるのではない。警察が来たら嘘の目撃情報を吐かせるのが目的だ。だが、スリ担当は今ではこの道のプロである。しくじった事は今まで一度もない。目撃者は、いざという時の保険だ。  数少ない公衆電話が近くにあるが、誰かに通報されないように目撃者に電話を掛けたふりをさせる。人気が少ない場所とは言え全くとは言えない。誰かがスマホでスリをした現場をスマホで撮影されたら面倒なことになる。そこでスマホを取り出した人がいたら刺客にぶつからせて、それをさりげなく壊す。  「バカ野郎。何をするんだ。俺の大切なスマホをぶっ壊しやがって」  時には大声で怒りの声の上げる人もいる。そんなことは対策済みだ。  「申し訳ありません。お怒りは、ごもっともな事です。これで代わりのスマホを買ってください」とスマホ本体の価格と料金の二倍のお金を払って機嫌を取らせた。  このような手口でスリを毎回繰り返していた。これで仕事は終わりではない。社長が警察に被害届を出すかもしれない。だから、社長が愛人宅へいったら、その証拠写真を情報担当に撮らせるいた。もし警察に被害届を出したら、勝手な真似をされないように脅すの目的だ。その時は写真も買わせるつもりだが、そんな手荒なことをさせる場面には一度も遭遇したことがない。  これで我が組織の仕事は終わりだ。パンクしたタイヤの費用や壊したスマホの費用は必要経費のようになっているのが組織の常識となっていた。人件費や上への上納金もあるから我々に残るお金は微々たるものである。  こんな念入りに計画して盗んでも俺の給料は薄給だ。苦労の割には報われない。だが裏社会に入った以上は抜けてもロクなことはない。そんな世界にいたことだけで表社会は受け入れてはくれないだろう。組織のやっていることはケチで地味すぎる。もっと高級品を盗めば給料も上がるだろうに……      
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