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沈黙のなかで、いくばくかの時がたち。
やがて、蓙の上で、男は力なく笑っていた。
「あいわかった。―――実は、おれも、行くあてなくさまようだけの身·····いずれ捕らわれとなると知りながら逃げ続けるより、ここで力尽きるほうが、よいのやもしれぬ」
不可解な言葉。
端正な面差しに浮かべられていくのは、それまで訪れた者たちとは異なる表情。
取り乱すこともなく。
「都から。―――配下の者たちと共に、逃げてきた」
自ら口火を切った男の手が、何か思い出に苦しむかのように、ゆっくり己の額に押し当てられ、そのまま顔を覆っていく。
「皆、おれを必死に逃がそうと、次々に命を投げ出した·····ここへくる数日の間にさえ、奪われずともよい命が、次々に奪われていった。いずれも勇ましく、優しく、心根の美しい者たちであったのに」
揺れる炎の赤色が、煌々と白い肌を染め上げる。
女は身動ぎすることもなく、苦悩にゆがむ男の顔を、じっと見つめている。
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