エピローグ 帰国 【完結】 

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エピローグ 帰国 【完結】 

 こうして更に時が過ぎ、やっと医者から帝国に戻る許可が出た。 「おめでとうマルク。やったのう!」 「ああ、だが体が重い。大分体力が落ちているな。戻すのが骨だ」  マルクは憂鬱そうな顔をした。 「のうマルク」  ベッドに腰掛けているマルクの隣にシャルロットも腰を下ろし、マルクを見上げた。 「なぜ顔の包帯を外さんのだ。もうよいのじゃろ?」  マルクの動きが止まった。 「傷口を見せてくれぬか」  今まで顔の右半分に包帯が巻かれていて、傷を見ることが出来なかった。 「やめたほうがいい」  マルクの表情に影が落ちる。 「なぜじゃ? いずれ見るのだから、今でもよかろう」  包帯を外そうと伸ばしたシャルロットの手を、マルクは止めた。 「気分のいいものじゃない」 「見なければ分らん」  マルクの手が緩み、シャルロットは包帯を解き始める。  この王国に来る道中で、マルクはシャルロットに、「この顔に傷がついたら、俺は用なしか?」と尋ねた。その問いに明確な答えは返って来なかった。  包帯をすべて取り除くと、右の額から顎にかけ、刀傷が走っていた。特に頬が深く抉れ、その縁が盛り上がっている。一筋の傷の周辺は、赤黒く変色していた。 「視力に問題はないのか?」 「ああ、瞼で止まっていた」 「それは不幸中の幸いじゃ」  シャルロットは表情を変えず、マルクのシャツの前もはだけた。左肩から右腰にかけての古傷に加えて、右肩から左腰にかけて、新たな傷が増えている。 「これはまた、大きな傷を増やしおって」 「醜いだろ」  マルクの表情は強張っていた。この傷は、できれば一生シャルロットに見せたくないと思っていた。美しもの好きの姫がどんな顔をするのか、知るのが怖かった。 「美しくはないのう」  シャルロットは、まだ血の色が濃く残る頬の傷に指を滑らせた。 「痛いか?」 「いや」 「感覚はあるのか?」 「ああ。くすぐったいくらいだ」 「そうか」   シャルロットはマルクの頬に顔を近づけて、傷に口付けた。 「……!」  マルクが瞠目する。  シャルロットは指先と同じように、唇で傷を辿った。柔らかい感触がマルクの頬を滑る。想像もしていなかったシャルロットの行動に、マルクは硬直した。 「妾はこの傷跡を誤解していた。これは命を奪うものではなかった。マルクを死神から守り抜いた、戦いの痕跡じゃ。そう思うと愛おしい」 「シャルロット……」  マルクはシャルロットの言葉に、感動すら覚えていた。二年前の夜のように責められることを覚悟していた。もっと最悪のケースも。 「マルク、妾より先に死んではならぬ。こんな思いは二度とごめんじゃ」 「そうはいかん」  マルクはシャルロットの動きを止め、腰を引き寄せた。 「なぜじゃ?」 「お前のために盾になるのが俺の役目だからだ」 「軍人はこれだからいかん」  シャルロットはクスリと笑い、すぐ近くにあるマルクの唇に軽く口付けた。 「さて、帝国に帰る準備をせねばの。馬車はもう呼んであるぞ」 「待たせよう」  マルクは立ち上がりかけたシャルロットをベッドに縫い付けた。豪奢な金髪が白いシーツに広がる。 「なんじゃ?」 「もうしばらく、こうしていたくなった」  マルクはシャルロットにかぶさり、白い頬に、丸い顎に、そして弾力のある小さな唇に口付け始める。  シャルロットはマルクに触れられると身体が火照り、思考がかすむ。どうしていいのかわからなくなる。 「妾はマルクのものじゃ。好きにするといい」 「では、今日は帰れないな」 「それは困るの」  二人は顔を合わせて、クスクスと笑った。  シュルーズメア王国を出る二人を見送る者はいなかった。城で役職のある者は特に忙しく、寝る間もなく働いている。  シャルロットたちは、ギルフォードに伝言を残して城を出た。 「長い滞在になったの」  馬車のカーテンを開けてシャルロットは城を見た。その城に白い煙があがり、ドーンと大きな音が響いた。 「な、なんじゃ?」 「礼砲だ」  その後も続いて弾が打ち上げられている。 「ウォルター陛下の計らいだな。粋な王だ」  マルクも空を見て口角を上げる。 「ん? あれは?」  シャルロットが指差す先を目で追うと、ルルーが空を飛んでいた。  マルクが皮手袋をはめて腕を窓から出すと、ルルーが降下してマルクの腕に止まった。 「妾が外してもよいか?」 「ああ」  シャルロットはドキドキしながら紙を解いた。猛禽類に触るのは慣れていない。今度は腕に止まらせる練習をさせてもらおうと、シャルロットは思った。  ルルーを空に放ってから、シャルロットはマルクに手紙を渡した。 「なんと書いてあるんじゃ?」  目を通しているマルクが、少し驚いた表情になり、そしてクスリと笑った。 「なんじゃ?」  渡された手紙をシャルロットも読んだ。そこには母親とアンヌとピエールの言葉が、まるで寄せ書きのように書いてあった。 “シャルロット、戻ってきたらすぐに婚礼の儀を行います。準備は出来ておりますから、せめて宮殿に戻るまでは、リュゼール卿の気が変わらないよう機嫌をとるように” “シャルロット様のウエディングドレス、私の監修で仕立てましたわ。本当はシャルロット様と一緒に戻り採寸したかったのですけど。シャルロット様のあらゆるサイズは私が把握しておりますからご安心を。マルク様にはもったいない、世界一美しい花嫁様になること間違いなしですわ。お楽しみになさって” “お二人ともお元気ですか? 僕はシュルーズメア王国の功績で、正式に騎士に叙されました。ウォルター陛下が、ジョアシャン陛下に口添えして下さったそうです。ご結婚されるのにマルク様の後ろをついて回るわけにもいきませんから、自立します。マルク様のような騎士になれるよう、これからも頑張ります”  最後のピエールの言葉はアンヌの字と同じで、アンヌの代筆だと分る。 「離れていても、あいつらはあいつらだな」 「堂々と機嫌をとれと書いてあるぞ。母上はもうマルクを逃がす気はないのう」  クスクスと笑うシャルロットに、マルクはニヤッと笑った。 「さて、捕まったのはどちらなのか」 「なんじゃ?」 「ひとり言だ」 「そうか? ……今日はいい天気じゃの。妾は少し寝る」 「ああ」  シャルロットはマルクの肩に寄りかかり、安心したような無防備な表情で目を閉じる。その頭に優しくキスをおとし、マルクも目を閉じた。                                   了
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