三章

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三章

父の話では、仕事が終わり、いつも寄る辛いけど美味いカレーを食べられる店へと、いつもの道を歩いていた。この国独特の、香辛料と汚れた空気と雑踏に紛れて。そこは細い路地に入り、いくつかの角を曲がると行き着ける。 足早に歩き、店へと急いだ。でも、いくつかの角を曲がるが、店は見当たらない。おかしいな?いくら海外とはいえ、間違える筈がない。 一度来た道を戻り、やり直す。けれど、辿り着けない。混乱と焦燥と諦めで、屋台で何かしら買って帰るか、そう思い始めた時だ、鼻を擽る良い匂いがした、直感で匂いを頼りに道を歩く。看板も何もないが、道に雑に木のテーブルと椅子がいくつか置いてあった。 恐る恐る木の扉を開けた。ほっとした、何人かが、料理を手で食べていた。インドでは手で食べるのは普通だからだ。一人で空いている席に座ると、英語で「すいません」と声を上げる。気のせいか、料理を食べている皆んなが一斉に自分を見た気がした。清潔とは言えないカウンターから、鷲鼻の背の高い男が出てきた。「どうしました?」男が言う。変な奴だと思い、「カレーを一つお願いします」と伝える。「それには一つやってもらわなければ」上手いとは言えない英語で彼はそう伝えた。「何をです?」父が聞くと、「人形に魂を頂かなければ」と。ははぁ…父は宗教的な事だと思い「いいですよ」と答えた。 男は少し驚いた顔をしたが、すぐにカウンターに戻り、黒い土で出来た人形を持ってきた。「これに手を触れて、目を閉じろ」と言われた、父は言う通りにした。気がつくと、テーブルに伏せて寝ていた。目の前には、空の皿がいくつか置かれていた。多分食事を食べ疲れていたのだろう。 気恥ずかしさと、何を食べたのか思い出せない自分に違和感を感じたが、男はさっきとは違い、笑顔で「ありがとう、これは沢山食べてくれた礼です」と赤土で出来た人形をくれた。始めは戸惑ったが、彼の人懐こい笑顔を見てると断れなかった。「それは幸運を操る人形です」と分かるような、分からないような説明をして、新聞紙にそれを包んで、手渡された。 店を出て、最初は気付かなかったけど、粗末な石の階段の隅に、「Puppet」と刻まれ、その隣にはカタカナで「カイライ」と書いてあった。観光客の悪戯かなとその時は思った。 父の話は記憶が曖昧なところもあったが、あれを体験した僕と母には、充分すぎるほど納得できた。
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