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寂寞。
静謐。
森閑。
寂しげな静けさを彩るため、このシーンに適した言葉を思案する。
タグを並べるように小難しい熟語を頭の中で反芻し、一つずつ精査するが、いつもその結論を至らせることができなかった。つまるところは時間つぶしの思考遊戯。
彼女が待つ場所へ向かう際は、あの時のことを思い起こさないように努めている。さもなくば、私がまともではいられないのだ。
私に跨っているかのように大きな廃鉄塔の下についた。この場合では私が廃鉄塔の股下に潜り込んだ形になるのだが。
ひび割れたコンクリート基礎からは赤錆びた鉄柱が伸びていて、見上げると、腐乱死体の解剖図を思わせる様相だ。グロテスクな赤い線が紺色の夜空へ縦横に差し込み、消失点には生命を凝縮したような力強くも退廃的な紅色を湛えていた。
遠景にぽっかりと浮かぶ雨月は辻斬りにでも遭遇したのかのように切り分けられていた。視界をゆすればそれぞれがポロポロと零れ落ちてしまいそうな。
精細な絵画を子供が赤クレヨンで落書きしたのかのような切り抜きとなった。
一つ息を吐く。胸ポケットから煙草を取り出そうとするが、ライターをどこかに落としてしまったようなので喫煙を諦めざるを得なかった。街に降りたら調達しなければならない。もう一度息を吐いた。
私は視界を前方に戻して、再び目的地へと足を進めた。
廃鉄塔を抜けて10メートル奥の茂みにて、彼女は待っている。
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