本編

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 その奇病に見られる症状は、目まい、発熱、耳鳴り、幻覚などをきたした後に身動きが取れなくなり、足元から身体が変形し地に根を張るのだという。その状態はまさに植物で、床に臥せたままの病人は背中ごとベッドに張り付いてしまい、最終的には栄養失調でしぼんだように絶命する。  有効な薬は見つからず、一度患えば最後、ただ死を待つまでにできることを逡巡する日々が訪れるのだ。  接触や飛沫による感染がないことだ不幸中の幸いと呼べた。尤も、風邪対策程度では防げるものではないという意味でもあるが。  そしてあくる日、医師会はこの症状の原因は外来人にあると定めた。医学的な根拠や信憑性のある情報が、このネット社会にありながら政府からは一切公表されず。わかっていたかのようにあられもないデマや憶測が飛び交い、まさに世間は混乱状態となった。  今や外来人とはそれだけで疎まれる存在となり、ニュースで見る暴動や殺人事件も主に彼らを狙ったものが大半を占めていた。  視界の輪郭が戻り、気分が悪くなる。  フェンスに張り付いたA4サイズほどの紙面を一枚剥がした。クシャクシャに潰して、近くの貯水槽投げ捨ててやろうかと思った。僕は在来人でいるが、件の病と外来人に因果関係はないと踏んでいた。むろん、その思想をひけらかすだけで外来人扱いされるので、身内はおろかインターネットにも投げかけられずにいる。    いたたまれなくなって煙草を一本取り出すと、火種の向こうで、僕と同じくフェンス下の啓蒙跡地を眺める女性の姿があった。  白いワンピースからスラリと伸びる両腕は折れてしまいそうなくらいに細く、電車の振動でゆれる黒髪が流線形の動体を揺らしていた。両手の花束を胸元に掲げて、口元を隠しているように立っている。  そのシルエット像はさしずめ、花瓶に立てられたユリの花。という形容を思いつき、今日は脳が冴えているかもしれないと思った。見返りや下心を望んだわけではないが、その女性の姿がどうもきになってしまい、僕は本意とは別に彼女の下へ歩み寄ってしまっていた。  クシャクシャに丸めたA4紙をもう一度広げて、平面折りで花を折る。ずいぶんとしわくちゃな造形だが、それもまた雅と思える世界がいずれまた戻ってくることを願い、これを完成と定める。  子供の時に折り紙で何度も作ったものだ。記憶はおぼろげ気でも、体はよく覚えている。
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