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「全く嫌になる。いつ、どこを歩いても、誰かを非難するための文言がそこらに自生する草木よりも視界に入ってしまうのだから」
彼女は髪を揺らしながらこちらを振り向くと、細く、儚げな瞳を返した。感傷的な気持ちにさせられていたのだろうか。僕が話しかけてくるとは思ってもいなかったようだ。握られた花束には多種多様の植物が入り乱れているようで、今まさにこの世界の混沌さの縮図のようでもあった。いや、その中でどれを排そうという動きがないだけ人間より高尚にさえ思えた。
僕はその花束の隅に、A4紙製の萎れた花を挿す。
悪意を書き殴られたその紙面も、華に変形して仲間の群れに忍び込めば平和的な一枚のピースとなった。
「いや失礼。なんだか口さみしくてね。誰かとお話したかっただけなんだ」
「口さみしい、とはその状態を指して使う言葉ではないですよ」
「手厳しいね」
「それにしても」遠雷が光った。「紙の花だなんて、初めて見ました」
僕が恥ずかし気に咳き込むと、彼女は頬を緩ませた。今更ながら気恥ずかしく思えた。
雨はまだ小雨のままだ。
それからというものの、私は意味もなく同じ時間に高架下に立ち入った。
彼女との時間はとても尊いものに思え、私はついつい話を広げてしまう。
「私たち日本人は、ネットの上で【死んだ】を皮肉やおもしろおかしくとして使うが、海外でも同じように【R.I.P】っていうスラングがあるらしいね。明日は試験だが勉強してない。R.I.P。ってな具合に」
「オワタ、みたいな?」
「僕はそういう輩に、梔子の花の画像を送ってやってんだ。黙れ、勉強しろ、ってね」
「死人にクチナシってことね」
ミキと名乗る彼女はいつも同じ花束で口元を隠し、絵画の中の淑女のように陽だまりのような存在感から、暖かなぬくもりを私に分け与えてくれる。
私に帰せるものといえばこの世界への異議申し立てや愚痴や恨みつらみといった不利益な物で、途中で何度もミキの気分を害しているのではないのかと心配にもなった。
それでも、やめられなかった。
彼女の穏やかな笑みは、何よりもまぶしく映ったからだ。
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