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最前列の男性を強引に押し倒すと、開いた視界の先にはミキがいた。
しかし、口元は花で隠されず、両手を十字架のように広げてベニヤの板に磔にされていた。
聖キリストを思わせるような姿だった。四肢と心臓を5寸釘で強く打ち込まれ、うなだれて覆われた黒髪の隙間から、すでに息絶えた彼女の顔が見えた。
僕はこの時、初めて彼女の顔をまじまじと見た気がした。
「あんた、この人の知り合いかね」市民団体の長と思われる老人が背後から声をかけてきた。
「……ちょっとした、顔見知りだ」そんな訳がない。僕の中では、僕の思想を受け止めてくれる特別な人に変わりなかった。それでも、あくまでも白々しくいないと身に危険が迫る。こんな状況でさえ冷静な自分をゲンノウでも叩きつけてやりたい所存だった。
「どうして、彼女がこんな目に遭う必要があったんだ?」
「わしらはここ数日、平穏な日々を取り戻す為に戦っている我々を侮辱するような行為に見舞われていた」
「チラシを全て花にしてみせた、ってのか。証拠はどこにあったんだ」
「彼女の足下を見てみろ」
そこには、ミキがいつも握っていた花束があった。
「その中に、私たちのチラシで作った花の折り紙があった。きっと、スリルでも欲しくなって過激な行為に踏み込んだのだろう」
雨はここ数日で最も勢いを増して、僕の音に乗らない嗚咽をさっと奪い去ってくれた。
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