第1章 砂の中の猫

13/27
前へ
/268ページ
次へ
 七都は、剣に置いた手を元に戻す。  グリアモスは、七都に襲いかかる気は、全くないようだった。ずっと七都を無視して、円盤を見下ろしている。七都がそこを通りかかったことさえ気づいていないような感じもした。  もっとも、魔の領域内にいるグリアモスは、当然主人持ちに違いなかった。ここにいるということは、地の魔神族の誰かに仕えているはずなのだ。  七都を襲ったのは、全てはぐれグリアモス。このグリアモスとは違う。  二足歩行のこのグリアモスは、七都に危害を加えたりはしないだろう。  ロボット猫たちは、そんな彼を見上げていた。たぶん、期待をこめて。  そうか。助っ人なんだ。  助っ人が来てくれたんだね。  七都は、横目で、ちらっとグリアモスを眺める。  そうだよね。この人に、円盤を砂から出してもらったほうがいい。  私なんかよりずっと力が強いだろうし、頼りになるもの。  チョコレート色の毛のグリアモスは、おもむろに銀色の鎧の腕を円盤に向かって広げた。  そして、がしっと円盤の側面をつかむ。  その指の先までが、どこか芸術的な美しさを持つ、精巧なつくりの金属で覆われていた。  この銀の鎧って……もしかして、鎧じゃなくて、機械?  七都の中に、ふとそんな疑問が湧き上がってくる。  このグリアモスって……ひょっとして、アンドロイド?  ロボットがいるのだから、アンドロイドがいたっておかしくはない。  魔神族は、魔力だけでなく、科学力も相当なものを持っているのだ。あの闇の魔王の巨大なUFOを造れるくらいなのだから。  それにメーベルルやジュネスが乗っていたのも、鎧を付けた馬ではなく、全部が機械で出来た馬だった。  ただグリアモスの頭は、機械にしてはリアルすぎるくらいに生々しかったが。  グリアモスは円盤を抱え、それを砂の中から引き上げようとした。  けれども、円盤は動かなかった。  グリアモスはうなだれ気味に、円盤から少し離れる。  二匹の猫ロボットたちが、あーあと言いたげに、だが、やはり無表情に、グリアモスがいたその場所を眺めた。  そこには、何かが残っていた。七都は自分の目を疑う。  円盤の側面には、グリアモスの両腕が、グリアモスの肩からはずれて、くっついていたのだ。  巨大な銀色の虫の足が二本、もげて取り残されたかのように。  グリアモスは黙って、取れてしまった自分の両腕を見下ろした。  困ってはいるようだが、切羽詰まった雰囲気ではない。  どこか、のんびりしているようにも見える。  やっぱり、アンドロイドなんだ……。  七都は、半ば呆然と、円盤に引っかかったようにくっついている腕を見つめた。  機械だから、簡単に取れちゃったんだ。  グリアモスと猫ロボットは、そのまま佇んでいた。  次に何をするべきか、そうやって思いあぐねているようでもあった。    七都は足早に、その場から立ち去る。  ここにずっといたら、腕の次に足が取れてしまうかもしれない。  腕があっさりと取れてしまったのを目の当たりにして、七都はそんな危うさを感じてしまったのだ。  足が取れて頭も取れて、最後にはあのグリアモスの体はばらばらになって、砂の上に折り重なったガラクタのように落ちてしまい、それを目撃するはめになるかもしれない。  そういうシュールなホラーは、苦手だ……。  しばらく歩いた七都は、半ば儀式のように振り返る。  そこには何もなかった。今の出来事が夢だったかのように、すべてが消えていた。  やっぱりね。  でも、あのグリアモスさん、あまり頼りにならなかったな。  腕、元に戻ればいいけど。  機械みたいだから、戻るよね。  きっと、君を造った人が直してくれるよ。  七都がグリアモスの心配をしながら歩いて行くと――。  また猫ロボットたちが前方に現れる。もちろん、グリアモス付きで。
/268ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加