第1章 砂の中の猫

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(悪いけど、無視しますってば!!)  七都は起き上がり、彼らにも円盤にも目もくれず、歩き出す。  そのうち、いきなり七都の足元が盛り上がった。  銀色の固いものが砂を割って出現し、七都の足をすくう。  七都は円盤の側面を滑り落ち、派手に転がった。  そして、顔面から砂に突っ込んでしまう。  マントも髪も顔も、砂まみれになった。  口の中にも砂が入って、七都は不快感に顔をしかめながら、ぺっぺっと砂を吐き出す。 「うう……。何なの……」  見上げるとあの円盤が、さっきと同じ角度で砂に埋まり、太陽を反射して静かに輝いていた。  もちろん、グリアモスと猫ロボット二匹も全く同じポーズで座っていて、七都を眺めている。 「あ、危ないじゃない。何てことするのっ!」  七都は立ち上がって、体についた砂を払った。 「それによ。どうせ砂の中から出て来るなら、途中で止まらないで、全部出りゃいいじゃないっ」  もう、ほっといてほしい。  七都は、うんざりする。  円盤を砂から出したら、満足してくれるのだろうか。  そしたらもう、何も仕掛けないでいてくれる?  七都は、銀の円盤を睨んだ。  その表面には空が映って、ラベンダー色に染まっている。 「……どうしても私に、これを引き上げさせたいわけね」  七都は円盤に手を伸ばした。さっきグリアモスがやったように。  指が円盤のなめらかで固い側面に触れる。その表面は微妙に温かかった。  幻ではなさそうだ。  七都はそれをつかんで、しっかりと足を踏みしめ、抱え上げる。  もちろん七都は腕が取れたりはしないので、円盤はスムーズに砂から上がっていく。  円盤は、拍子抜けするくらいに軽かった。  難なく砂から持ち上がり、七都はそれをぽいと放り出す。  銀の円盤は、さくっという軽やかな音をたてて、砂の上に着地した。  猫ロボットとグリアモスが、一斉に立ち上がった。そして、両手を何度も重ね合わせる。  金属と金属が触れる固い音が、どこかかわいらしく砂漠に響く。三つの音色とばらばらのリズムで。  どうやら拍手をしてくれているらしい。スタンディングオベーションだ。 「どーもっ」  鳴り止まぬ少し変わった拍手の中、七都は大げさにお辞儀をして歩き出す。  だけど、まずかったかな。  余計なことしちゃったかも。  無視しなければいけないのに……。  後ろを向くと、七都が砂から引き上げた円盤も猫ロボットもグリアモスも、きれいに消えていた。  拍手の音もやんでいる。  やっぱりもう、振り返るのやめよう……。  カンペキにおちょくられてるし……。  その後、猫ロボットたちは、姿を現さなかった。  やはり砂に埋まった円盤を出してほしかったのかもしれない。七都が円盤を引き上げたので、気が済んだのだ。  妙なものに煩わされない、静かな旅の時間が過ぎて行く。  ラベンダー色の空。そしてその巨大な天のドームをゆっくりと廻る、輝く太陽。白い砂の大地。  透明な風が砂を巻き上げ、滑らかな起伏の続く地上をどこまでも軽やかに走って行く。  けれども間もなく、今までとは全く別パターンのものが、七都の前に現れたのだった。
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