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七都は、アーデリーズのそばにあったサイドテーブルに、鏡が置かれているのを見つけた。
銀色の丸い鏡で、花の中で戯れる猫の図案が彫刻されている。
七都はそれを両手で持ち、再びベッドに寝転んで、覗き込んでみる。
深い緑がかった黒髪と透明なワインレッドの目の少女が、鏡の中から七都を見つめ返していた。
額には、ネックレスとおそろいの真珠の飾り。エメラルドのような緑の宝石が一粒、中心に垂らされている。
それは、七都の目をより美しく引き立てる役目を果たしていた。
「うん。私もきれいだもんね。エルフルドさまには負けるけど」
七都は微笑んで、傷があったところを映してみた。
そして、改めて、それが完璧に治っていることを確認する。
それから七都は真珠のネックレスを鏡に映し、身にまとっているドレスを上から順番に映してみた。
七都のウエストあたりにもたれかかっているストーフィが、たぶんあきれ顔で、その様子を見つめている。
「こういう格好をしてベッドに寝ていたら、眠り姫みたい」
七都は、呟いた。
「でも、王子さまも、今はベッドの中。リハビリ中だものね。眠り姫は自分で起きて動かなきゃ、王子さまには決して会えないんだよね」
七都は鏡をかざして、その中に映る姫君を仰ぎ見る。
「風の城から元の世界に戻る途中、水の都に寄れるかな。もし時間があったらナイジェルに会いに行こう。でも、キディアスに足止めされちゃうかなあ。待ってましたって感じで……。だけど、夏休みに会えなくても、秋には連休もあるんだし。また改めて来ればいいよね」
傷も治ったのだ。風の都までは、今までよりも楽に行けるはずだった。
再び砂漠に出て、真っ直ぐに風の都を目指す。
もう妙なものが出現する心配もない。何の問題もなく、砂漠は渡れる。
瞬間移動を繰り返せば、風の都の入り口には、すぐに到着出来るだろう。
その時、部屋の扉が、ゆらりと動いたような気がした。
七都はベッドに横たわったまま、顔だけ向きを変えて、扉を眺める。
扉を通り抜けて、白い影が七都の寝室にふわりと降り立った。
思わず七都は、鏡を割れるくらいに強く握りしめた。
あせって乱れそうになる呼吸を整える。
落ち着こう。
扉を通り抜けて入ってきたものが何かわからないけど、とにかく少し様子を見よう。
この部屋には魔王さまがいるんだもの。
滅多なことは出来ないよ。
七都は鏡を胸に抱きしめたまま、軽く目を閉じる。
おそらく、鏡を抱きしめたまま眠ってしまった、という構図になっている。
少し不自然だったかもしれない。
いったい何が入ってきたのだろう。
生霊? 幽霊?
私にはもう、そういうものは見えないはずなのに。
白い影は、床を滑るように、部屋の真ん中に移動する。
七都は薄く目を開け、影を観察した。
軽い衣擦れの音。
ということは、幽霊でも生霊でもない。生きている人物だ。
白い影は、七都のベッドの横で立ち止まった。
七都は思わず、固く目を閉じる。
くすっと、ごく軽い溜め息のような笑いが、影から聞こえた。
どうやら、『鏡をしっかりと抱きしめたまま眠ってしまった七都』を見て、笑ったらしい。
七都は、目をぱちりと開ける。
白い影は、アーデリーズを覗き込んでいた。
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