第5章 二人の使者

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 七都は、アーデリーズのそばにあったサイドテーブルに、鏡が置かれているのを見つけた。  銀色の丸い鏡で、花の中で戯れる猫の図案が彫刻されている。  七都はそれを両手で持ち、再びベッドに寝転んで、覗き込んでみる。  深い緑がかった黒髪と透明なワインレッドの目の少女が、鏡の中から七都を見つめ返していた。  額には、ネックレスとおそろいの真珠の飾り。エメラルドのような緑の宝石が一粒、中心に垂らされている。  それは、七都の目をより美しく引き立てる役目を果たしていた。 「うん。私もきれいだもんね。エルフルドさまには負けるけど」  七都は微笑んで、傷があったところを映してみた。  そして、改めて、それが完璧に治っていることを確認する。  それから七都は真珠のネックレスを鏡に映し、身にまとっているドレスを上から順番に映してみた。  七都のウエストあたりにもたれかかっているストーフィが、たぶんあきれ顔で、その様子を見つめている。 「こういう格好をしてベッドに寝ていたら、眠り姫みたい」  七都は、呟いた。 「でも、王子さまも、今はベッドの中。リハビリ中だものね。眠り姫は自分で起きて動かなきゃ、王子さまには決して会えないんだよね」  七都は鏡をかざして、その中に映る姫君を仰ぎ見る。 「風の城から元の世界に戻る途中、水の都に寄れるかな。もし時間があったらナイジェルに会いに行こう。でも、キディアスに足止めされちゃうかなあ。待ってましたって感じで……。だけど、夏休みに会えなくても、秋には連休もあるんだし。また改めて来ればいいよね」  傷も治ったのだ。風の都までは、今までよりも楽に行けるはずだった。  再び砂漠に出て、真っ直ぐに風の都を目指す。  もう妙なものが出現する心配もない。何の問題もなく、砂漠は渡れる。  瞬間移動を繰り返せば、風の都の入り口には、すぐに到着出来るだろう。  その時、部屋の扉が、ゆらりと動いたような気がした。  七都はベッドに横たわったまま、顔だけ向きを変えて、扉を眺める。  扉を通り抜けて、白い影が七都の寝室にふわりと降り立った。  思わず七都は、鏡を割れるくらいに強く握りしめた。  あせって乱れそうになる呼吸を整える。  落ち着こう。  扉を通り抜けて入ってきたものが何かわからないけど、とにかく少し様子を見よう。  この部屋には魔王さまがいるんだもの。  滅多なことは出来ないよ。  七都は鏡を胸に抱きしめたまま、軽く目を閉じる。  おそらく、鏡を抱きしめたまま眠ってしまった、という構図になっている。  少し不自然だったかもしれない。  いったい何が入ってきたのだろう。  生霊? 幽霊?  私にはもう、そういうものは見えないはずなのに。  白い影は、床を滑るように、部屋の真ん中に移動する。  七都は薄く目を開け、影を観察した。  軽い衣擦れの音。  ということは、幽霊でも生霊でもない。生きている人物だ。  白い影は、七都のベッドの横で立ち止まった。  七都は思わず、固く目を閉じる。  くすっと、ごく軽い溜め息のような笑いが、影から聞こえた。  どうやら、『鏡をしっかりと抱きしめたまま眠ってしまった七都』を見て、笑ったらしい。  七都は、目をぱちりと開ける。  白い影は、アーデリーズを覗き込んでいた。
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