第1章 砂の中の猫

1/27
52人が本棚に入れています
本棚に追加
/268ページ

第1章 砂の中の猫

「えっ。い、いきなり砂漠……?」  七都は、呆然とあたりを見渡した。  霧を抜けると、そこに広がっていたのは、真っ白な砂の海だった。  どこまでも広がる瑠璃色の空の下には、白い砂漠が、こちらも果てなく続いている。  まるで海が、そのまま突然、魔法で砂漠に変えられてしまったかのように。  ゆったりと地平の向こうまで繰り返して盛り上がる、大小の砂の波のライン。  視界には、砂と空以外のものは全く存在しなかった。 「地の都って、砂漠なの?」  振り返ると、七都が抜けてきた闇色の門が空中に浮かんでいた。視界を遮っていた霧は、嘘のように完全に消え失せている。  門の両側にずっと続いていたはずの高い塀は、門から切り離されて、きれいに削除されてしまったかのように見当たらなかった。  そして門の背後にあるのも、やはり瑠璃色の空と白い砂漠――。  門のあるあたりには、ここを覆っているドームの壁があり、その向こうには、人間の住む外界があるはずなのに。  塀も壁も、魔神族の魔力や科学力で、やはりきちんと目隠しされているのかもしれない。  霧は、門が開いたときに安易に中が見えないようにするため、出現するのかもしれなかった。  七都は猫の目ナビを覗き込んだ。そして、訊ねてみる。 「地の都の市街地の映像って出せる?」  ナビの金色の目の上に、入り組んで盛り上がった街の映像が現れる。  映像は暗くぼやけていたが、それが美しい都市であることは、何となくわかった。 「あれ。やっぱり、ちゃんとあるんだ。ってことは、もう少し歩けば見えてくるのかな」  だが、もし市街地が現れたとしても、中に入らずに回避したほうがよさそうだ。  目標は風の都。地の都ではない。  市街地に入ってしまったら、何かとんでもないことに巻き込まれないとも限らない。  もし現れても、迂回して、ひたすら風の都をめざしたほうがいいに決まっている。たとえ、ずっと砂漠を歩くことになっても。 「ここってどこにあるの? この先?」  七都はナビに訊ねたが、ナビは無反応のまま答えなかった。  まるで抗議するような金色の目が、七都を見上げている。 「訊ね方が悪かったのか。でも、いいや。どうせ行かないもの」  七都は、空を眺めた。  太陽の気配がする。  もうすぐ砂の地平の向こうから、輝く太陽が顔を出すだろう。  魔の領域を覆う透明なドームは、実はドームではなくて、シールドか何かなのかもしれない。  それがガラスっぽいドームをかぶせた巨大な建造物のように見えているのかも。七都は思う。  ここでは、魔神族の体に悪影響を与える光の成分は、あのドームだかシールドだかで遮られている。  太陽の光を浴びても、魔神族は溶けたりはしない。ごく普通に、人間のように、昼間でも外に出られるのだ。  七都は光に溶けないとはいえ、こちらの世界の太陽は、やはり苦手だった。  魔の領域の加工された太陽は、七都にとっても、きっと心地よく、過ごしやすいものに違いない。 「でも、本当に誰もいない……」  七都は、呟いた。  地の魔神族は、太陽の光を最も苦手とする一族。たとえ太陽が有害でないことがわかっていても、昼間は外には出ない。  ゼフィーアは、そう言っていた。  とすると、これからずっと夜になるまで、この砂漠では誰とも出会わないかもしれない。  アヌヴィムとか他の魔神族は通るのだろうか。  キディアスも、七都のあとを追いかけて、門を抜けては来なかったようだ。
/268ページ

最初のコメントを投稿しよう!