52人が本棚に入れています
本棚に追加
(今の笑い方って……)
七都は鏡を放り出して、上半身を起こす。
白い影――。
それは、真っ白のフード付きマントをまとった、背の高い人物だった。
透き通ってはいない。やはり、そこに現実に存在しているものだ。
眠っているアーデリーズを眺めて、少し首をかしげるようなポーズ。
フードの中からは、雪と氷で出来たような白い髪が、ふわりとこぼれ出ていた。
その人物は、ゆっくりと眠っているアーデリーズに接近して行く。
「ジエルフォートさまっ!!!」
七都が叫ぶと、白いマントの人物は、驚いたときの猫のように飛び上がった。
「な、なんだ。起きていたのか」
振り返ったその人物は、七都がよく知っている人だった。
ジエルフォート。
アーデリーズが『スウェン』と本名で呼んでいる、白い髪の光の魔王。
ジエルフォートはフードを取り、逆立った髪を丁寧に撫で付けた。
七都は、会釈する。ベッドの上なので、あまり本格的には出来なかったが。
もっとも、まだ正式なお辞儀の仕方はキディアスに習っていないので、実は会釈みたいなものしかできない。
「ジエルフォートさま。あの扉を通って、地の都に来られたんですね?」
七都が訊ねると、彼は頷いた。
「初めてこちらに来た。アーデリーズには断るようなことを言ってしまったが、君のことが気になったしね」
「ありがとうございます」
七都は、再び頭を下げる。
「だが、私がこちらに来るとなると、何かと騒ぎになるのでね。たまたま幼なじみが訪ねてきたので、協力してもらった。ジエルフォートの使者として……ただの魔貴族として、こちらに来たってわけ」
「お忍びってことですか……」
七都は呟く。
ジエルフォートは、にっこりと笑った。
「楽しかったよ。今もちょっと、この屋敷の中を散策してきたところ」
「でも、あのう。エルフルドさまに知られたら、怒られるんじゃ……」
「たぶんね」
彼は、あっさりと認める。
「エルフルドさま、よく眠っておられますね」
七都は、アーデリーズを見つめる。
彼女は深く眠っているようだった。ジエルフォートの気配にも、七都たちの会話にも全く気づいていない。
「ずっと君のことを心配していたからね。君が水槽の中にいる間、ほとんど眠っていなかった。安心したんだろう」
「そうなんですか……」
ごめんなさい、アーデリーズ。心配かけて。
きっと自分のせいで私が大量出血したって思ったんだよね。
七都は、眠っている彼女に謝った。
「ナナト。気分は?」
ジエルフォートが七都に訊ねる。
「とてもいいです。なんだか、生まれ変わったような気分です」
「そう。それはよかった」
けれども、ジエルフォートは眉を寄せる。
「ナナト。確かに今の君は、エディシルに満たされて美しい。気分もいいだろう。空腹感もまだないはずだ。だが、それはいつまでも持たないよ。君はエディシルを取ることを拒否しているらしいが、そういうことを続けていてはいけない」
「やっぱり、カトゥースとか蝶ではだめってことですよね」
「ああいうものはね……」
「わかってます。お菓子とかデザートみたいなものだってこと」
ジエルフォートは、大きく頷いた。
「長い間そういうものでごまかしていると、どういうことになるか知ってる?」
ジエルフォートが、七都の顔を覗き込んだ。
「病気になってしまう……?」
七都が答えると、彼は首を振った。
最初のコメントを投稿しよう!